2023.1/11「走る」
- ろばすけ

- 2023年1月11日
- 読了時間: 3分
更新日:2023年1月21日

「走りだしたくなるときってあるだろ?」
そう言って彼は笑った。
朝までパーティーで一緒だった。久しぶりに笑った彼を見た。
ああもう乗り越えたのかもしれない、と俺は確かに思い、そしてすぐにそれが初めてじゃないことを思い出す。
彼の手には深い傷跡がある。彼自身がつけたものだ。俺はそれを見るたび、あの日の恐怖を思い出してどうしていいかわからなくなる。その繰り返しを、もう何度もやっている。
「実際走り出しただろ。あんなに飲んだのに。呆れたよ」
朝まで飲んで踊り笑い疲れて、世界がどろどろ回ってるような気分と、裏腹な青い夏の朝の空気に混乱してたところだった。
走り出した彼の後ろ姿を見て、俺はとても追いかけられなかったんだけど、あれは躁状態というやつじゃないのか? 大丈夫か? とまたふわりと不安が浮かんできた。
「帰った? 大丈夫か?」
足を引きずるみたいにして駅までの道を歩きながらそうテキストしたら、返事はわりとすぐに来た。
「もう着く。楽しかったな」
大丈夫そうだな。
なんの根拠もないと言えばないけど、俺はそうちょっとほっとして始発にのって家に帰った。
そしてそれから12時間後、彼に呼び出されたわけだ。
「短いけど1本書けたから、見に来ないか?」と。
彼とは幼馴染みだ。ずいぶん前からお互いに作家になりたいと思ってて、同じ本を読み、感想を言い合い、書いたものはお互いに真っ先に相手に見せてきた。
出版社に原稿を送ったのも同時だった。結果は当然違ったけど。
彼の作品はあっという間に出版され、俺のは送り返されてきた。
「次回作に期待します」という短いコメントだけで。
帰宅してそのまま寝ていた俺は、パーティー会場から近い彼の部屋に呼び戻された感じになった。
プリントアウトされたばかりの原稿は「短いけど」という言葉の割にそれなりのページ数があり、俺は彼の視線を痛いほど感じながらそれを読んだ。
今まで読んできたどんな偉大な作家より影響を受けてる。そう自負していた。
だからこそ彼とは「違うなにか」を書きたい。それもなによりも強い思いだった。
もしかしたら作家になりたいという願い以上に、彼にとって「ライバル」でい続けたい、っていうのが俺の願いなのかもしれない。ほんとうはそう気づいてもいた。
だって「出版」はゴールなんかじゃないと、気づかされたわけだから。ふたりとも。
僕はゆっくりとその短編を読み終え、深く息をついた。
目の前に座っている彼が僕の一言を待っているのがひしひしと伝わってくる。
褒めてやるべきだ。
もちろんわかっていた。
書けなくて、苦しんで、自分を傷つけて、やっと端緒をつかんだ。その瞬間を台無しにしたらいけない。
でも一方で、改めて思った。
俺たちはそういう関係じゃないはずだ。
だから言った。
「……おまえが書いた中で一番の傑作だ、とは言わないよ。でも、おまえの作品をまた読めて嬉しい」
そしたら彼は、なんだか久しぶりに、そうだパーティーの空気や酒の力に頼るんじゃなく、実に彼らしい感じで、静かに笑った。
2023.1/9「リプライズ」



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