2023.1/6「帰還」
- ろばすけ

- 2023年1月6日
- 読了時間: 3分
更新日:2023年1月21日
アーロン・テイラー=ジョンソンが007で、ブライアン・タイリー・ヘンリーがQだったら。

夜中をとうにすぎた時間だった。 穴蔵に一人残っていたQが物音に気づいて振り返ると、もう手が届きそうな場所にボンドがいた。 「おいおいなんだ、脅かすなよ!」 「ただいま」 「ただいまじゃない。お前最後爆発に巻き込まれたんじゃなかったか??」 映像で確認できたのはそこまでだった。現地のサポートスタッフが病院に連れていったのだと思っていたのだ。「その後」の状況はQに届いていなかったので、彼は内心焦りながらそう問うた。 「見てた?」 「そこまでは。でもその後こっちも色々あって」 「いいよお前は格好いいとこだけ見といてくれたら。ほらこれ」 手渡されたものをとっさに受け取って、Qは眉を寄せた。 「お前に早く見せないと、って」 「直接?」 「それが一番確実だろ?」 渡されたのは派手に傷のはいったモバイルだったが、ひっくり返して確かめたQが違和感に眉を寄せた瞬間、ボンドは隣の席に音を立てて腰を下ろし、キャスターがついた椅子をきしませながら転がって、Qのすぐとなりにやってきた。 彼がつれてきたぼんやりとした冬の外気の気配が、もっとはっきりとした「枯れ葉と土の匂いと、冷えたコートの感触と、血と硝煙の匂い」として感じ取れて、Qは振り返って、肩に載ってきた重さに眉を寄せた。 ボンドは今では彼にぐったりと寄りかかって目を閉じていた。 雨か霧か、しっとりと濡れた巻き毛の感触が頬に触れる。 その一瞬で、Qは手にしたモバイルに感じた違和感の正体に気づいた。 うっすらと濡れている。水ではないぬめった感触。 これは血だ。 「怪我してるのか? なんでここに来た! こんなのはサポートに任せてお前は病院へ行けよ!」 Qはそう言いながらモバイルを机に放り出し、同時に医療班に緊急連絡を試みた。 「穴蔵」に重傷者あり。至急担架と医師の手配を。 Qの焦りをよそに、ボンドの声はひどくのんきに聞こえた 「んー、そこ調べるまでの時間なくて」 「そこってなんだ」 「連中のなかに向こうと通じてるのがいる。迂闊に渡せない」 「だからって」 「お前に渡すのが一番確実だろ」 そんな声が聞こえて、Qは一瞬手を止めた。 「だったら出血しながら自分で来るんじゃなくて俺を呼び出せよばか!」 「あー。その手があったか。思い付かなかった。穴蔵に行かなきゃ、ってばっかりでさ...」 小さく笑った声が痛みにひきつったのがわかって、Qはため息をついて自分に寄りかかった体に手を伸ばしてそっと撫でた。 「お前に渡せばもう万事確実じゃん?」 「わかったよ。もう誰か来るから寝てろ、お前の手当てが終わった頃にはこいつの解析も終わってるよ」 「そう? そう簡単にデータ抜けると思うなよ、ってそれ持ってたやつの遺言だったんだけど」 物騒な台詞を吐いたボンドがへらりと笑うと、Qはちらりと、目を閉じている男の顔を確かめた。 血の気が引いた顔は普段は忘れている美しさを、不吉な影のはいった状態で見せつけてくるようだった。 そんなのは気づかなくていい。 Qはそうひとりごちて目の前のモバイルに向き直った。 「俺を誰だと思ってんだよ」 「おう、わかってる。だから持ってきたんだろ」 そう言って笑って、ボンドはもう一度目を閉じた。
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