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20230131「フォトグラフ」#Protagoneil

  • 執筆者の写真: ろばすけ
    ろばすけ
  • 2023年1月31日
  • 読了時間: 4分

「ちょっと見物でもしていく? インド門がすぐそこ。世界遺産だし、フェリーでエレファンタ島にも行ける」

 ニールがそう声を掛けたのは、もちろん冗談のつもりだった。

「彼」とは少し前に「初対面」を果たしたばかりだ。ニールが何者かわかっていない「彼」は、案の定彼の言葉に訝しむような顔を向けて無言だった。


 待ち合わせのヨットクラブを一歩出たところだった。客が歩くつもりなどないに違いないとわかっている門番は、素早く客待ちしていたタクシーに合図を送った。

「彼」はきっとニールの言葉を聞き流し、さっさとタクシーに乗り込んで仕事を始めるべきだというに違いない。

 声を掛けたニール自身がそう思っていたのだけれど。

「……その島がどこか知らないけど、そこまで行く時間はないだろ? でも」

 意外にも「彼」は若干の躊躇を見せつつも、そう言って、ちらりとインド門の方向に視線をやった。

 どこにインド門があるかはわかっていて、本当は見てみたかったのかも?

 ニールはそう理解して頷いて返した。

「ちょっとだけ寄り道しようか?」


 ヨットクラブからは大きなマングローブの木が視界を遮っていたが、公園を回り込むとすぐにインド門の前の大きな広場が彼らの視界に現れた。

 海に突き出した突端に建てられた凱旋門は巨大な建造物だが、その前に広がる広場もそれに比例して大きく、たくさんの観光客がいた。

「眺めがいいし、ムンバイに来たって気がするね」

 まっすぐインド門を目指して歩きながら、ニールはそう言って、広場の反対側に見えるタージマハルホテルの美しい建物を指さして見せた。

「この街に詳しい?」

 警戒を解いていない表情のままの「彼」にそう問われて、ニールは笑って返した。

「すごく詳しいとは言えないと思うけど、初めて来たわけじゃないね」

 どうにでも取れる答えだ。

 ニールは内心でそう思って笑った。

 ときだった。

「ミスター、写真はいかがです?」

 首からカメラを提げ、大きなカメラバッグを背負っている若者がそう言って近づいてきたとたん、「彼」は静かに視線をそらした。

 ムンバイでいかにも観光客という様子でいれば(そしてそれはニールや「彼」のような外見をしていれば避けられないことだったが)、たくさんの物売りや自称観光ガイドや、記念写真売りが群がってくるのは避けられないことだ。

「彼」も当然、すでにその洗礼を受けているのだろうとわかってニールは静かに微笑んだけれども、同時に彼らしい気まぐれを起こした。

「いいね、撮ってよ」

 ニールの発言に、「彼」は驚いた顔をした。

 彼らが何のためにこの街で落ち合ったかを考えれば当然のことかもしれなかった。

 けれど。

「インターネットに名前付きでばらまかれる、ってわけじゃないよ」

 そう言って笑ったニールは、さっさと支払いを済ませながら同時に「彼」の肘を掴んで引き寄せた。

「! 俺も?」

「当たり前だろ」

 この後は記念撮影なんて不可能になるって知ってるからね。

 ニールはそう言って返したいのをどうにか飲み込んで、そしてさっそくカメラを構えている相手に向かって言った。

「いいよ、さっさと撮っちゃって!」



 写真売りはせかされて慌ててシャッターを押すと、その場で背負っていた鞄に入っていた小型プリンターで写真を出力した。

 白人の男は満面の笑みをたたえ、もう一人の黒人の男は彼に肘を取られたまま、ひきつった顔をしている。そんな奇妙な写真が出来上がった。

「もう一枚?」

 写っているのはふたりだから。写真売りは期待を込めてそう問うたけれども、その時にはもう黒人の男のほうはさっさと広場を後にしようとしていた。

 どうやら1枚しか売れなかったようだ、と彼はすぐに理解したけれども、白人の男はその一枚を受け取ると、ちらりと笑って見せながら言った。

「いいんだよ、僕が持っていたかっただけだから。ありがとう!」


 いったいどういう関係のふたり連れだったんだろう?

 写真売りの若者がそう訝しむのも無理はなかったけれども、もちろんその疑問に答えるものはなく。

 彼はすぐに、別の観光客らしき人々に視線を向け直し、その奇妙な二人のことは忘れてしまった。

 もちろん彼のカメラに残ったデータも、次の日にはけされてしまったのだった。

 プリントアウトを受け取った白人の男がその写真をその後どうしたのかは、誰も知らないままだ。



ムンバイ インド門



 
 
 

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