20230205「仕事」
- ろばすけ

- 2023年2月5日
- 読了時間: 3分
仕事を探してるなら、いいくちがある。今とても、手が足りないから。縫製も教えてもらえるだろうから、将来も役に立つよ。
そう言って私を世話してくれたのは、近所に住んでいるヒルダおばさんだった。
行き先は、軍の縫製工場。
まず最初に、その大きさに驚いた。
たくさんのミシンが並んでいて、ひっきりなしに軍服を縫う音がしている。
軍の工場だからこんなに大きいんだ、と、まだ少女だった私は思った。
今は戦争中だから、兵隊さんたちのためにしっかりした軍服を届けてあげなきゃならない、と。
間違ってはいなかった。でも、その工場は、新品の軍服を縫う場所ではなかった。
「ミシンの扱いを知らないなら、あんたが働くのは1階だね」
厳しい顔をした女の人が、私がほんとうに役に立つのか疑っているような目で、じろじろ見ながらそう言った。
「ほそっこいけど力仕事に耐えられる? 仕事は山積みでノルマがある。男手はないし追い付くのが大変なんだ」
彼女の顔は疲れきっているように見えた。父さんが兵隊にとられてから働き詰めの、母さんの顔によく似ていたから、私は心配を押し隠して頷いて見せた。
「大丈夫です、頑張りますから」
でも、すぐにわかった。
私がほんとうに「頑張る」必要があったのは、「力仕事だから」ではなかった。
「一階」は、縫製室があるのとは違う建物のことだった。
倉庫みたいな場所は、足を踏み入れると異様な臭いがした。消毒薬と、血と、何か嫌な、知らない臭いが混じってた。
私はクララという人から仕事を教わるように言われた。私よりは年上だけど、まだ若い、がっちりした体格の彼女は、私を見るなり呆れたような顔で言った。
「こんな子供にここの仕事をやらせるなんて!」と。
その意味は、すぐに分かった。
異様な臭いの正体は、毎日運び込まれてくる大量の軍服のせいだった。
「ここで洗って、消毒して、乾かして、それから「上」で繕うの。それがここの仕事ってこと」
軍服はどれも、泥と血にまみれ、腐ったような匂いがした。
ここでは戦争から、怪我をして帰ってきたような男の人達が何人も働いていて、積み上げられた軍服をプールのような大きな桶の中にどんどん放りこんでいく。
桶の中の水はあっという間に血に染まり、私たちはそれを次の桶に「洗う」のだけれども、悪臭は建物の中に充満していた。
消毒して、干して、完全に乾いたものを運んで、修理してまた新兵に着せるのだ、と教わった。
私は、クララに恐る恐る聞いた。吐き気がするような臭いをできるだけ忘れようとしながらだったけれども、どうしても聞かずにいられなかった。
「……この軍服を着ていた人たちは?」
彼女は私を憐れむような目で見て言った。
「前線では、死体から軍服をはぎ取って裸にしてから埋めるのよ。
新兵に新品の軍服を渡していたのは最初の年だけだった。そうでなきゃとても「追いつかない」から」
その時私が持っていた軍服は、背中が真っ黒に焦げ、前身頃にもいくつも穴が開いていた。
「!」
私は手に持っていた軍服をその場に放り出して、外に駆け出して朝食べたものを全部吐いた。
周りにいた人たちはみんなそれを見ていたけれど、私を憐れむように見ただけだった。
どうにか口をゆすいで中に戻ると、クララは言った。
「ここの仕事を失いたくなかったら、とにかく何も考えないこと」
私はかろうじて頷いて返した。
でもどうしてそんなことができただろう?
父だけじゃなく兄もまた、戦場にいるのだというのに。
「西部戦線異状なし」
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