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20230212 「真珠のピアス」00Q

  • 執筆者の写真: ろばすけ
    ろばすけ
  • 2023年2月12日
  • 読了時間: 5分

更新日:2023年2月12日

(最近のウィショさんの写真にやられて書きました)



『それじゃあ元気で。もう二度と会うことはないでしょうけど、この真珠は記念にもらっていきます』

 彼はそう言って、羽織ったトレンチコートの裾をふわりとひらめかせて背を向けた。

 その瞬間にも、彼の右耳に大きな真珠が下がり、揺れているのが目に入った。

 待ってくれ。

 そう言いたかったが声が出なかった。まるで全身が何かにがんじがらめにされているみたいに。

 追いすがって、みっともなく言い訳をして引き留めるべきだとわかっていた

 だがなに一つできなかった。


 それは夢だったからだ。



 ものすごく嫌な気分で目を覚ましたが、次の瞬間、隣で寝ているはずの彼の姿がないことに気づいて、まさか正夢かと飛び起きた。

 ドアの向こうからは普段通りの彼の朝の気配がしていた。時計を確かめると、寝坊したのは僕の方だ。

「おはよう。寝坊したようだ」

 ドアを開けて真っ先にそう言うと、キッチンで立ったままコーヒーを手にしていたQが振り返った。

「おはよう。もう行くし、別に寝ててよかったのに」

「ああ、そうなんだが」

 見ると、例の真珠のピアスはテーブルの上に置いてあった。昨晩のままだ。



 そのピアスが見つかったのは、昨日、日曜日の午後のことだった。

 僕らは近々引っ越しを予定している。

 Qは多忙を極めていて、引っ越しの準備は主に僕の仕事だったが、順調に進んでいて、あとは「ほんとうに」Qが仕事を辞められさえすれば、僕らは海辺の静かな街で暮らすことになる。

 お互いに、「ほんとうに」そんな隠居生活みたいなことができるのか半信半疑のところはあったが、楽しみにしていることは間違いなかった。のだが。

 昨日久しぶりにまともな休日を過ごしたQは、僕が「捨てるもの」として分類していた古いブリーフケースを見とがめて言ったのだ。

「まだ使えるのに」と。

「君らしくない台詞だな」

 そう言って僕が笑うと、彼も困ったように笑って返してきた。

「あなたと暮らしてるせいでアンティーク趣味が移っちゃったのかな」

 いつものやり取りの合間に、彼はなにげなくそのブリーフケースを開け、中を確かめた。そして。

「……これは何かの思い出の品?」


 出てきたのは大きな真珠がついたフープピアスだった。

 僕は驚いて目を丸くした。

 任務で使用したことがあるブリーフケースだが、最後に使ったのがいつだったのかの記憶もあやふやだ。

 Qにはそう説明したばかりだったのに、そのピアスを目にした瞬間に、自分でも呆れるほど鮮やかに、ひとりの女性の顔が浮かんだからだ。

 一夜を共にした。僕にとっては仕事のためだったが、彼女はそうは思っていなかったかもしれない。二度と会うこともなかったが。


「……10年は経ってる」

「気づいてなかった? 忘れてた?」

「気づいてなかった。どうしてそんなところに」

 僕がなにげなく手を伸ばすと、Qはそれを僕の手のひらの上に乗せて、それでも視線はそこから外さないまま、ぽつりと言った。

「……何かつながりを残したかったのかも?」

「?」

「あなたには「手段」だったのかもしれないけど」


 何の説明もしなくても、だいたい想像はつく。

 Qの表情が物語っていたのは、そんな言葉だった。

 僕の過去は血まみれだ。自分が手に掛けた相手だけでなく、僕のせいで「巻き込まれた」人たちも含めて。

 このピアスの持ち主だった女性は、今も生きているはずだ。おそらくは。

 でも僕は今この瞬間まで、それを確かめたことすらない。


「やっぱりこれは「捨てるもの」として扱うのが正解だ」

 僕はそう言ってピアスをブリーフケースの中に戻し、元の段ボール箱に放り込もうとした。けれど。

「捨てるなら僕に」

「……片方しかないのに?」

 僕に。そいって手を伸ばされて、僕が躊躇しないはずもなかった。いったいどういうつもりなのか、わからなかったからだ。

 けれども、Qは半ば強引に僕の手からピアスを取り返し、それから指先でつまんだ真珠を自分の右耳に押し当てて見せた。

「もう一度穴をあけ直そうかな」

「……もしそうするなら、新しいものをプレゼントするよ」

 そんな過去の亡霊みたいなピアスじゃなく。

 僕はそんな言葉を実際には口には出さなかった。

 そして彼も、どこか少しだけ「挑戦的」に見えた表情をすぐに、曖昧な笑みにくるんで隠してしまった。

「まあ、いくら引退したとしても、僕にはちょっと大きすぎるかな」

 彼はそう言うと、もう最初の自分の言葉は忘れたのかブリーフケースをゴミ箱に放り込み、ピアスを手にしたまま立ち上がって言った。

「お茶にしましょうか。片付けって結構疲れる」

「僕がコーヒーをいれるよ」

 

 ピアスについての会話はそこまでだった。僕らはコーヒーを飲みながら夕食のメニューについて話し、Qは翌日は早くから気が重い会議があると言った。

 


 そして今、Qが昨日言った会議の時間を考えると、彼はもう家を出なければならない時間だろう。

 僕は彼に近づき、額を合わせるようにして言った。

「君が出かけたらあれを捨ててしまってもいいかな?」

 そうお伺いを立てると、Qはちらりとテーブルの上に視線を流して、それから問い返してきた。

「そうしたい?」

「昔のものは、新しい暮らしに持ち込みたくない。そう言ったはずだ」

 そう言うと、Qは頷いて返してきたが、僕はそのまま続けた。

「それに、今だから言うけど、僕は君の耳に残ってる、その跡に嫉妬したことがあって」

 ?

 彼の顔にはっきり浮かんだ疑問符は見ないことにして、僕はいくつも、かつてのピアスのあとが残る彼の耳に指先で触れた。

「だからこれはもう過去のものってことにしてほしいんだ」

 ずいぶんと勝手な理屈だ。そう返されるだろうと思いながら、結局言ってしまった。

 偏屈な年寄りみたい。

 何度もそう言われたことがあて、自分でもそう思うが。


 だがQはどこか呆れたような空気をにじませながらも言った。

「……じゃあ、僕が帰るまでに全部捨てておいて。それとその「嫉妬」の話は、帰ってから聞きます」

 僕は頷いて返した。とりあえずは。

 誤魔化す方法は、彼が帰ってくるまでに考えておくことにしよう。



 




ウィショさんの写真はこの投稿の2枚目

https://www.instagram.com/p/CocKU1YNC7D/?igshid=YmMyMTA2M2Y%3D



ピアスの写真

https://www.tiffany.co.jp/jewelry/earrings/paloma-picasso-olive-leaf-drop-earrings-30831985/?omcid=ppc-jp_google_p-max_high-roas&product_id=30831985_SS%20FWP%20OLVLF%20DROP%20ER&gclid=CjwKCAiAuaKfBhBtEiwAht6H74yzlTat4kP9N40pQTMZFdO9LeynJS0JDyZM23uNS5MO1R2S2cXmqRoCl9MQAvD_BwE


 

 
 
 

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