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20230223「家」TOG

  • 執筆者の写真: ろばすけ
    ろばすけ
  • 2023年2月23日
  • 読了時間: 3分

更新日:2023年2月24日

「あの家にそっくりだ」

 それはたまたまテレビで流れていた映画かなにかの一場面だった。

 そう驚いた顔で言ったニッキーはちょうどシャワーから出てきたところで、たまたま目に入ったんだろう。実際に番組を見ていたのはナイルとアンディーで、僕も新聞を読んでいたんだけれど、彼の、はっと胸を突かれたといった感じの声に驚いて顔を上げた。

 その時画面に映っていたのは、どこか広い平原の真ん中にぽつんと建てられた日干し煉瓦の四角い家だった。

 おそらくは中央アジアのどこか辺境。あのあたりであればなにも珍しくはない家だ。

 でも僕には、彼が言いたかったことがすぐにわかった。

「……ああ、本当だね」

「きっとこの家にはロバがいるはず」

 ニッキーは家の傍らに作られた家畜用の囲いを見ながらそう言った。

「それかヤギが。きっと両方か」

 僕らの会話とも言えない言葉の連続に、アンディーはうっすらと笑い、ナイルは不思議そうに首を傾けて見せた。

「あの家、って?」

「……もうだいぶ昔の話だけど、僕らが建てた家だよ」

 ニッキーはそう言って笑った。

 テレビの画面はもう変わってしまっていて、「あの家」にそっくりな家はもう映っていなかったけれど、彼の表情ははっきりと、あの小さな粗末な家を懐かしんでいた。僕にはわかった。

「建てた?」

 目を丸くしたナイルがそう問い返したから、僕は説明を加えた。

「うん。日干し煉瓦を作るところから」

「そう。藁を刻んで、捏ねて、型に入れて乾かして作るんだ」

 僕らがそう言って笑いあうと、ナイルは期待通り大きな目をますます真ん丸にした。

「それを、自分で積んで建てるの?」

「何百と用意してからね」

「当時はみなそうやって家を建てたんだよ」

 当時、というのは数百年前のことだ。ナイルは僕らの話はだいたいそんな調子だともうよくわかっているから、違うことを聞いてきた。

「今のは中国の奥地だったけど、そこで?」

「いや、僕らの家は……今ならどこになるんだろう? ウズベキスタン?」

「アフガニスタンかもしれないね」

「今の」国境がどこに引かれているのか、を考えるのほど馬鹿馬鹿しいことはない、と僕らは思う。

 もちろん米軍の一員だったナイルの考えは全然違っているだろう。彼女にとっては血なまぐさい記憶があるに違いない地名が出てきて、ちらりと眉が寄った。

「……知ってる。乾いた藁みたいな匂いがする家だね」

 そう、その通りだ。


 僕らにとっては、あれはかなりの重労働を経てだったとはいえ、自分たちの力で作り上げた愛すべき「我が家」だった。

 ロバとヤギがいて、麦を育てていた。冬は厳しい土地だったが、穏やかで幸せだった記憶がふわりと蘇った。といっても、その平穏はすぐに失われてしまったけれど。

 いつだって僕らから平穏を奪っていくのは戦争だったけれど、あの家も奪い取られたんだ。

 僕が、古い記憶をつい反芻してしまっていた一方で、ニッキーは違うことを考えていたようだった。

「また家を建ててみたいな」

「ものすごく大変そうだけど?」

 彼のつぶやきを聞いたナイルは眉を上げてそう問い返した。

「そうだけど、美しい家を作って、そこに最初に足を踏み入れる瞬間、ていうのはほんとうに幸せなものだからね」

 ニッキーがそう言って笑ったのを見て、僕もあの幸福をはっきりと思いだした。

「そうだね。どこに建てる?」

「え! 私もやってみたい!」

 僕が笑って言ったのと、ナイルが目を輝かせたのが同時だった。

 そしてそれを聞いたアンディが呆れた顔で言う。

「私は手伝わないから、出来たら呼んで」

「みんなでやった方が早くできるのに!」

「「早く」作る必要なんて全然ないだろ?」

 そこから後はいつもの通りのやり取りだった。

 ナイルはきっとアンディに「お願い」を通すだろうし、僕らは最初から、そう言いながらもきっとアンディも手伝ってくれるとわかっていた。

「4人で住むなら大きな家にしないと!」

「欲張りだな」

 僕が笑うと、アンディが呆れた声を上げた。

「この子はどれだけ重労働かわかってないんだよ」

 きっとそうだね。

 でもたまには、こんな「夢」みたいな話をするのもいい。



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「小さき麦の花」

https://unsplash.com/ja/%E5%86%99%E7%9C%9F/41M9GArzLDg

 
 
 

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