20230224「氷の宮殿」ダンポル
- ろばすけ

- 2023年2月24日
- 読了時間: 6分
更新日:2023年2月24日
フォロイーさまのお誕生日に。
できてるダンポル。たぶんどこか、氷の星に遊びに行ったんだと思います。
僕は口が利けなかった。
ダンカンがものすごくボリュームのあるマフラーを、僕の首にぐるぐる巻きつけてしまったからだ。
彼の匂いがする暖かい感触が、首どころから顔の下半分を覆ってしまっていた。
笑いながら、目だけで訴えた。
これじゃ前が見えなくなっちゃうよ。
声が出ないわけじゃないけど、あえてそう視線で訴えたら、彼も笑った。
「文句言うな」と。
もちろん僕は、やめて欲しかったわけじゃなかったけど。
この星の特産品は、とてもやわらかい、動物の毛を使った織物だ。母が使っていたショールは薄いのにとても暖かかったし、幼いころ、巨大で底冷えがする城の夜に暖炉の前で猫のように丸まっていると、いつの間にか誰かが肩から掛けてくれていたりもした。
カラダンでは「とても貴重な品だ」と口うるさく言われたものだったけれども、ここでは誰もが普段使いしていた。
理由は明らかだ。この星はとても寒くて、土地の半分は一年中凍り付いている。だから暖かい織物を作る技術が必要だったし、良質の毛を取るための動物を繁殖させたんだろう。
もちろん、僕らはここへ来る前に、最先端の技術で作られたコートを用意していた。風も雪も通さない特殊な繊維で作られ、まるで僕らを守ってくれる繭のようだ。ぴったりとファスナーを上げてしまえば、地吹雪で前が見えないような雪原に出ても問題なく過ごせる。
それなのに、ダンカンはまるで楽しんでいるみたいだった。
なにって、僕をマフラーでぐるぐる巻きにするって遊びに。
「よし、これでいい」
僕の顔の半分を隠してもまだ余っていた長いマフラーの先を僕のあごの下できゅっと結んで、ダンカンはとても満足そうな顔で笑った。
僕は今すっかり雪だるまみたいになっているに違いない。でもまあ、彼が楽しんでるなら別にいい。
「じゃあでかける?」
くぐもった声をどうにか出したら、ダンカンは僕のマフラーと同じ織物でできた帽子をかぶり、その上からコートのフードをかぶり、僕にも同じようにした。
そして彼は自分のタートルネックのニットの襟を持ち上げ、コートのファスナーをぎゅっと上げて、やっぱり顔の下半分を覆ってしまった。
「二人とも顔が見えない」
「口は覆っておくほうがいいんだ。一気に息を吸うなよ?」
僕はその時になってようやく、どうやら彼がふざけているわけでもないんだと気づいた。
「じゃあ行こう。装備は万全だ。心配ない」
僕らはオーニソプターで氷河の上に降り立ったところだった。
ガイドが僕らの準備ができたのを確認して扉を開けると、途端に強烈な外気に包まれ、僕はすべてを理解した。
「恐ろしく寒いところだ」と聞いていてちゃんと準備したつもりでいたけれども、現実はそれをはるかに超えているってことを。
外にさらされている僕の肌は顔の一部だけだったけれども、外気は寒いというよりむしろ真っ先に痛みを感じさせた。
驚いて息をついた途端に喉も痛み、なるほど迂闊に呼吸したら喉まで凍りそうになるんだとわかった。
「少しずつ呼吸して、慣れるしかない」
彼はそう言いながら、ぶ厚いグローブのせいでさらに巨大に見える手を器用に動かして、僕が額の上に上げていたゴーグルを引きおろし、僕の顔にぴったりとフィットさせた。
「大丈夫か?」
ダンカンが心配しているというよりは面白がっているような顔で僕の顔をのぞき込んできた。
そして僕の顔の目の前で、彼もゴーグルを下ろした。
「氷の国へ行こう」
僕らはガイドのあとについて、巨大な氷の上を歩いた。
アイゼンを取り付けたごついブーツで、がりがり音をさせながら歩くのは、慣れるととても楽しいものだった。
装備のおかげでコートの中は快適だった。ゴーグルが曇るのだけがやっかいだったけれども、一度外そうとして、慌てたガイドにすぐに止められた。
「凍っていたら肌がむけてしまう!」
たぶんそう言ったんだと思う。僕はこの星の言葉は片言しかわからない。意味はダンカンが顔をしかめて首を振ったのを見て合ってると確認した。
足元は、表面の雪を払ってしまうと、どこまでも深く澄んだ青い氷の塊だった。
僕らは何度か、深く切れ込んだクレバスをのぞき込み、その深淵に吸い込まれそうな気分を味わい、強烈な風の合間に、遠い場所で軋むような音を聞いた。
そしてしばらく歩いて、僕らはようやく、ガイドが案内してくれた特別な場所についたんだ。
氷でできた洞窟は、まるで地下水で磨きだされた地下宮殿の入り口みたいだった。
「最初の部屋まで。それ以上は行かないで」
ガイドはそう言って僕らを送り出した。
「どうして彼は来ないの」
安全な場所だと聞いていた。中はむしろ風がさえぎられて、外よりも暖かいくらいに感じられたし、何の問題もないはずだ。
それでも知らない場所でガイドと離れることに微妙に心配になってそう聞いたのに、ダンカンはにやりと笑って言ったんだ。
「それは、俺がそう頼んだから」
?
思わず僕が足を止めかけたら、大きな手に左手を掴まれた。
「邪魔が入らないほうがいいだろ?」
!
僕は少し驚き、でもなんだか笑いだしたくなって、掴まれた手を掴み返して、ぶ厚いグローブ越しに指を絡めようと試みた。
ダンカンはますます笑い、僕の手を引く力が強くなった。
僕はつんのめりそうになりながら氷でできたゆるやかな坂道を降り、彼に倣って、首から下げていたライトのスイッチを入れ、ベルトをはずした。
明かりはふんわりと浮き、僕らの少し前を進み、あたりを照らし出した。
「すごい」
洞窟の内側は、魚のうろこか波紋のような、ある意味規則的なパターンを描いて削られていた。
光が当たるとそのパターンに反射し、そして同時にそれが深い奥行きを持った氷の塊であることがはっきりとわかり、僕はその美しさに目が離せなくなって頭の上を眺めた。
いつの間にかそこが、吐く息やまつげまで凍るほど寒い場所だということすら忘れかけていた。
ゆっくりと慎重にゴーグルをはずすと、肉眼で見る景色はさらに美しく僕は顔のほとんどをマフラーとフードで覆ったままくぐもった声を上げた。。
「すごい」
「晴れてよかった」
そうだね。
声を出すとやっぱり喉が痛むということが分かったから、僕はただ頷いて返し、それから彼の手をしっかりと握りしめた。
お互いがしているぶ厚いグローブの生地越しなのがもどかしいと思いながら。
でも彼は、ちょっと違うことを考えていたらしい。
ぐいと手を引かれ、そのまま抱き寄せられて、僕は気づいた時には、地面に倒れ込んだ彼の体の上に転がされていた。
「!?」
なんだよ!
そう言いかけた瞬間に、理由がわかった。
寝っ転がった僕らは、まるで氷のプラネタリウムのまん中にいるみたいだった。
機械で映し出された星ではなく、ぶ厚い氷越しに差し込む太陽の光と、僕らが持ち込んだ明かりが映す複雑な紋様が組み合わさった美しい天蓋を、僕らは見上げていたのだ。
「凍える前に帰らなきゃだけど」
「……しばらくは大丈夫だよ」
僕らはそう囁き合い、そしてしばらくの間、手をつないだまま、ぴったりと半身を合わせたまま、その美しい空間を楽しんだ。
そして同時に、ありありと頭の中に描いてもいた。今は触れられないけれど、ぶ厚い生地の向こうにある肌の熱と、感触を。
やがて僕らは震えあがって、じっとしていることに耐えられなくなってきた道を戻るだろう。
暖かい宮殿に帰ったらすぐに、用意されているに違いない熱い湯に飛び込んで。
そして今は触れられない肌の熱と、感触を、きっと確かめるだろう。

UnsplashのJonatan Pieが撮影した写真
「コンパートメント No.6」
寒いところに行った気分になる映画だった。



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