20230225 「リード・マイ・リップス」ダンポル
- ろばすけ

- 2023年2月25日
- 読了時間: 4分
どうしてそんなことができるの?
初めて見たとき、まだ子供だった僕はそう聞いた。
その日、父は大勢の兵士の前で演説をすることになっていた。どうしても見たいとねだったら、ダンカンは窓から前庭が見える部屋に連れて行ってくれた。
僕は彼らが何のためにどこへ行くところなのか知らなかった。なぜその列の中にダンカンは混じっていなかったのかも、その時は理解していなかった。
でも僕が驚いたのは、姿は見えるけれども声は聞こえないのに、父の演説の内容を、ダンカンが小声で教えてくれたからだった。
「唇を「読む」んだ。見えてさえいれば、何を言ってるかわかる」
僕の質問に彼はそう答え、僕は重ねて同じ質問をした。父の唇の動きを、彼が「読んだ」のだということはわかった。けど。
ダンカンは薄く、あの、今となってはとてもセクシーに映る笑みを浮かべて言った。
「諜報の基本だからさ」
ちょうほう?
その時の僕はただ、彼の言葉をオウム返しにしたと思う。
彼は僕を膝に抱き上げて言った。
「相手のことをよく知りたいと思えばできるんだ。よく知ってる相手が「言ってる」ことならなおさらよく「わかる」」と。
だから僕は言った。
「僕もできるようになりたい」と。
ダンカンは僕の少しだけ年上の遊び相手であり、僕の剣術や護身術や、行くことはかなわなそうな辺境の星々とそこに暮らす様々な種についての教師でもあった。
僕がねだって教えてもらったたくさんの、彼が持っている技能のうちの一つが読唇術だった。
そしてそれは、今は思わぬ形で「使われて」いる。
◆
見てる?
僕がそう声に出さずに「言った」ら、ダンカンはちらりと呆れたような表情を見せて眉を上げた。
彼が僕を見ているとわかって、僕は笑いをかみ殺した。このお遊びは、表情はけして変えない、というのが大事なポイントだ。
この議論、意味がないよ。
僕は父に伴われてとある会議に参加を許されていた。もちろん僕が発言するような余地のある内容ではない。
お互いに着地点はないとわかっている問題について毎回俎上に載せ、毎回同じ結論に至る。つまりは先送りだ。
それでも、諸侯の立場や性格、そしてそれぞれの利害と関係性を知るにはいい機会だというわけだった。僕にとっては黙って聞いて、後で両親それぞれに、参加者についての分析を求められるテストが待っている。
だから僕もその想定で、頭の中で「分析」をまとめながら会話を聞いていたのだけれども、いくらなんでも長すぎてうんざりだった。
諸侯の従者たちは、部屋の隅でずっと立って議論を聞いていた。
父の従者はハワトで、僕はダンカンにそこにいてくれるように頼んだ。
彼は柄じゃないと渋い顔をしたけれども、僕の頼みを聞かないわけにいかないのだ。
伯爵は早く別の手を打つべき。
僕はそう表情ひとつ変えずに言い、それを読み取ったダンカンは困った顔をした。
俺にどうしろって言うんだ。
彼は何も言わなかった。はっきりと下がった太い眉の方が雄弁だったというだけ。
会議の進行役は父上だ。議論に集中していて僕らの様子には気づいていないに違いなかった。まだ。でももし気づかれたら大問題だ。だってもちろん父上も、読唇術の心得があったから。
返事してくれないの?
僕がそう言ったら、ダンカンはやっと口を開いた。
ポール。
読唇術を学ばなくてもそれくらい誰にだってわかるだろう。
僕はいつものように、僕のわがままのせいで振り回されるダンカンの困り顔を楽しみたいっていう誘惑にかられた、けど。
じゃあ、続きは今夜僕の部屋で。
僕がそう「言った」ら、ダンカンはちらりと笑った。
承知しましたよ。我が君。
あえて、彼が滅多に口にしないような形式張った言い方で、ダンカンは確かにそう言った。
その時ちらりと父上が僕を見たので、僕は言葉で返すことができなかった。けれど。
今夜彼は、きっと長々と続く晩餐のあと、皆が寝静まった頃に僕の部屋のドアをそっと叩くだろう。
滞在している伯爵の居城は巨大なもので、僕に割り当てられた部屋は豪奢だけれどもうす暗く寒々しい。
今夜僕は、夜半に静かにドアがノックされたらすぐに彼を中へ招き入れて、そして唇はおしゃべりや食事のためではなく、そっと彼に触れ、熱をたどり、僕を欲しがってる彼を感じるために使うことにする。
唇が「読み取る」のは、言葉だけじゃないから。

「リードマイリップス」



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