20230228 「ステーキ」
- ろばすけ

- 2023年2月28日
- 読了時間: 2分
「これ、差し入れ」
そう言って差し出されたのは、ルームサービスで使われるようなふたが乗せられた皿だった。
受け取るとそれはまだ温かく、ふたを取るとふんわりと上がった湯気はとてもいい匂いがした。たぶんハーブとか、複雑な味付けがしてあるんだろうとわかる。
でもなによりもまず、それは明らかに牛肉、つまりは分厚いステーキだった。
「フィレの一番うまいとこだ」
彼はそう言って自慢げに笑った。ちらりと僕を見た目がはっきりとした期待に満ちているのがわかった。
つまり「どうだすごいだろ? 喜ぶよな?!」と言ってるのだ。
僕は困惑し、言葉を選ぼうとし、唇を噛んだ。
とたんに彼がちらりと不満げな顔を見せたから、僕はますます言葉煮詰まる。
「えっと......」
「なに?」
いつものようにそうせっかちに言葉の先を促され、僕はようやく言った。
「......食べられない」
「なんで? もう飯食ったの? でも」
でもこれくらいはいけるだろ? だっていい肉だし!
彼の顔にはそう書いてあった。だから僕は言った。
「量の問題じゃなくて、肉は、食べられない」
「......は?」
彼の顔には、とてもわかりやすく「お前なに言ってんだ?」って書いてあった。
こんないい肉目の前にして、なにが「食べられない」んだ?
僕はしみじみ思った。まだ彼の顔には傷が残っていて、痩せた顎のラインは微妙に記憶と違う。
こんなのどってことない、と彼は言ったけれど、あんなに殴られて「どってことない」はずはない。
僕らは今もやっぱり、言葉が通じないことが多い。もちろんそれは、言語の問題じゃないんだけど。
「僕は肉を食べない。......ベジタリアンって言葉知ってる?」
誤解の余地のないようそう付け加えると、彼はまるで生まれて初めて見る珍獣を目の前にした、みたいな顔をした。
どうやらベジタリアンの意味は知ってるらしい、けど。
「え だって」
「付け合わせだけもらうから、肉は君が食べたら?」
せめてもの提案でそう言ったら、彼はぎゅっと表情を変えて怒鳴った。
「これはお前に持ってきたんだよ! 俺が焼いたの!」
それはわかるよ。
でも僕が頼んだわけじゃない。
そう言いたかったけれど、言ったら彼がまたすごい勢いで怒るのは目に見えていたから、僕は言葉を飲み込んだ。
でもわかってるんだ。
それはそれでまた彼を怒らせるんだろうってこと。
Mubi「Love, Steaks」



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