20230303 Your Place, or Mine 6/Tom
- ろばすけ

- 2023年3月3日
- 読了時間: 3分
更新日:2023年3月4日
『一階がパブで、4階まで階段で上がらなきゃならないし週末は夜うるさいこともあるけど、それ以外はわりと気に入ってる。
建物はめちゃめちゃ古いけど中はまあまあ綺麗にしてるつもり……っていうか、君が来る前に掃除はしとくよ。
なによりセミナーの会場まで歩いて行ける場所にあるから便利だと思うし、家賃はなし。いい話だろ?』
そんなテキストのあとには、地図と、部屋の中の様子を写した写真が何枚かついていた。
写真によるとどうやら彼の部屋は大きなソファがあるリビングと、キッチン、そして寝室も別になってる一人暮らしにしては広々とした間取りで、すごく素敵な雰囲気だった。
「いい話」どころじゃない。がっかりするなんて贅沢だ。そうわかってるけど。
「「ベッドルームの壁は自分で塗ったんだ。いい色だろ? よく眠れるって保証するよ」だって! 僕もついていこうかな」
その時そんな声がすぐ隣から聞こえて、僕はびっくりしてほとんど飛び上がりながら振り返った。
「勝手に見るなよ!」
テーブルの上で広げていたPCを、いつの間にかのぞき込んできていたのはフィンだった。僕のルームメイトだ。
彼は僕の抗議をたいして気にもしてなさそうな顔で受け流して言った。
「「ジャックと入れ違いになっちゃう」ってつまんなそうな顔で話振ってきたから聞いてあげたのに」と。
そうなんだ。どんな素敵な部屋だって素直に喜べないというのが今の僕の本音だった。
だって、エジンバラに行ってもジャックはいないんだからさ。
ジャックは僕が行く予定にしている時期にロンドンでキリアンの仕事を手伝うことになって、僕らはちょうど「すれ違う」ことになってしまった。
僕にとってはこんな残念な「偶然」はないけど、ジャックは「すごくいいアイディアだよな」って言って連絡してきたわけだった。
部屋の「交換」の話を聞いて、僕はものすごく躊躇した。
もちろん僕にとっては願ってもない条件の部屋だ。でも僕の部屋はそうじゃないから。
ロンドンで駆け出しの役者が暮らしていくのは楽じゃない。僕は知り合いの古い家を4人でシェアして暮らしているんだ。
中心街まで出るには地下鉄で小一時間かかるし、家具は元々あったものとかもらってきたものばっかりで統一感ゼロ。壁紙も古くさい感じだし時々お湯が出ない。
男4人の共同生活は一言で言えば「雑然」としてる……というかそれしかない感じだ。それに、一番ダメなところは、僕の部屋がものすごく狭いこと!
ベッドと、古くさいクローゼット以外ほぼなにもない、というかそれ以外物理的に何も置けない空間なんだ。
ジャックの部屋の写真を受け取ってしまった僕は、地図とかと一緒にこの部屋の写真を送るべきだと思って、朝からずっと家中の片づけをしていた。少しでもましな状態で写真を撮ろうと四苦八苦したわけだけど、魔法が使えるわけじゃないし。
「さすがにこの写真を見たら後悔すると思うな」
僕がどうにか見られる状態にしてから撮った、でも結局事実以上には写らなかった写真を数枚見せると、フィンは笑いだして言った。
「でもジャックだってこっちにいたころは似たような暮らしだっただろうし、君がそんないい部屋で暮らしてるとそもそも思ってないだろ」
「そうかもしれないけど、そういう話じゃなくて」
「じゃあどういう話だよ?」
ぐずぐず似たような言葉を繰り返す僕を見てさすがに呆れたらしいフィンがそう切り返してきたので、僕は言った。
「……彼はなんだかんだ僕に親切にしてくれたけど、さすがに限度ってものがあるよなって」



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