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20230307-10「海辺の映画館」2

  • 執筆者の写真: ろばすけ
    ろばすけ
  • 2023年3月10日
  • 読了時間: 4分

「この上の階には何があるの?」

 俺がそう聞いたのは、働き始めた初日にベンが館内を案内してくれたときだった。

 ロビーから階段を上がってスクリーン1の入り口がある。けれどもさらに上の階につながっている階段には、「立ち入り禁止」の札が掛かっている。

 好奇心を抑えきれなかった俺に、彼はそっけなく言った。

「なにもないよ」と。

「何もないってことはないだろ? 外から見るとなんか素敵に見えるんだよ。昔はレストランかバーだった感じ?」


 この映画館ができたのは戦間期だったらしい。アールデコのデザインがいかにもそれっぽく、今時のシネコンと違ってスクリーンの前にステージがある。

 内装の美しさもだけど、ゆっくり明かりが消え、掛かっている重たげな緞帳がゆっくりと開く、その古めかしい儀式のような「あいま」の時間が俺はすごく好きなんだ。


 建物を外から見ると、上の階の、海を見下ろす面はうっすらと色がついたガラス張りになっている。道路の反対側、海側の歩道から見ると、ガラスの内側が少しだけ見える。

 ロビーと同じ意匠の、アールデコの壁面には鏡が貼られているっぽい。それ以外は何もないのか見えてないだけか。

 俺がここで働き始めたのは、映画が好きだからというだけではなかった。この建物、というか場所そのものに興味があったんだ。

 どうしてもその閉鎖されている上の階が見たい、という望みはほどなくしてかなった。

 非番の日に映画を観に行って、休憩にはいるところだったベンと遭遇したから、俺は言ってみたわけだ。

「上の階が見たいんだ」と。


 ベンは「困ったやつだな」って顔をして見せた。

 でも俺はそれが悪いサインじゃないってもうわかっていた。

 働きだしてしばらくたっていた。

 俺は「映画がタダで見れる、という理由でしばらくここで適当に働くことにしたが、その先のことは深く考えてない」そんなやつだと思われていた。

 でも俺も、それくらいがちょうどいいと思っていたわけだけど。


 それでも最低限割り当てられた仕事はちゃんとやった。

 ベンは時々俺の態度(上映中にいつのまにか「消えて」、客に紛れて映画を見てたりする)にあきれ顔で小言を言いながらも、悪く思ってないだろうということには確信があった。

 俺の恋人が時々言うあれだ。

「あなたはそうやって、自分が「すてき」なのを時々利用するでしょ。わかってやってるでしょ?」と。


 もちろんだけど、でも別に悪いことじゃないだろ?騙すわけじゃない。


 ベンがちらりと見せたあきれ顔にかぶせて、俺は畳み掛けた。

「ちょうど日が落ちる時間だろ? きっと海がきれいに見える」

 そう言って、「頼むよ」って顔に書いて見せた。

「立ち入り禁止」の札が下がった階段を上がると、上の階は長年放置されていたのか埃っぽく、はっきりと色褪せたカーペットが「忘れられた」時間の長さを物語っていた。

「元々は4スクリーンの映画館だったんだ」

 彼はそう呟いて、ホワイエの真ん中でぐるりと回って見せた。

 スクリーン1と2は階下のロビーから行ける。今使っているのは一番大きなスクリーン1だけだ。上映技師が一人しかいないからなのか、1つしか使わないからら技師を一人しか雇っていないのか知らないけど。


「スクリーン3と4は小さいけど、いい雰囲気だったんじゃないかな。僕もここでなにか見たことがあるわけじゃない。たぶんもう十年くらい閉めきりだから」

 ベンはそう言ったけど、特に興味もないのか中を見ようとはしなかった。


 俺が見たかった場所は、美しい意匠のガラスの扉の向こうだ。

 ベンが持ってた鍵でそれを開け、なかに足を踏み入れたとたん、俺は声をあげていた。

 そこは外から想像していた通りの場所でもあり、それ以上だったからだ。

 昔はちょっと高級なナイトクラブみたいな場所だったんだろう。全体のアールデコなデザインはロビーと同じだった。

 シャンデリアは1つ残り、1つは床に落ちていた。

 シアターの中の緞帳と同じ色調のカーペットは埃が積もって白っぽく見えたし、どこかの窓が開いてるのかあるいは破れているのか、鳩が何羽も入り込んでいて俺たちが入っていくと驚いたように羽ばたいて埃をまきあげた。

 バーカウンターの椅子はいくつも床に転がっているし、ボックスシートの間の仕切りは色つきのガラスで、ライトが嵌め込まれた美しいデザインだったようだけど、割れてひどい有り様になっていた。

 一口に言って廃墟だ。

 でもなんだかそこは、昔の華やかだった頃の空気が閉じ込められているようでもあり、奇妙に美しく見えた。

なにより、今は夕暮れ時だったから。


「すごい」

「荒れ放題だね」


 俺が感嘆の声をあげたのと裏腹に、ベンはただそう言って、足元のガラスの破片をわざと踏み、鋭い音を立てた。

 俺は構わず窓際に向かい、外を眺めた。


 海側の壁は全部、うっすらとした色がついたガラス張りだ。

 外から中をうかがおうとしたときに想像したより、夕暮れ時の海は美しく見えた。

 ろくに掃除もしてないのかガラスは汚れていたし、一部割れていたけど。

 
 
 

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