展示⑤ VERYGOODなお題から2編 #RHお題
- ろばすけ

- 2023年5月2日
- 読了時間: 7分
① ベルリンで
お題: 「ベルリンで」「吐息混じりの」「雨漏り」
結婚後5年、小さな子供(養子)がいる2人。ルスは民間機パイロット。
吐息混じりの沈黙の後に来る答えを、ちょっと緊張しながら待った。
ジェイクはすぐには答えなかった。いや、実際はそんなに待ったわけじゃないのかもしれない。ただ俺が長く感じただけで。
でも時間はともかく、彼の答えはすごく意外なものだった。
『……この間、雨漏りを直す約束したんだよ』
俺はいま、ベルリンにいる。
仕事で来たけど、いつも通りなら明日にはもう帰ってて、そしたらしばらく休暇の予定だった。もちろんジェイクも。
そしてこの休暇に、俺たちはモハーヴェに行くことにしていた。今年のマーヴの誕生日はそこでみんなで過ごすと約束してたから。
みんなで、っていうのは俺たちと、マーヴとペニーとアメリアと、そして俺たちの娘、クロエの6人でってこと。
なのに、俺が到着した途端、ベルリン・ブランデンブルク国際空港は大規模ストライキに突入したんだ。
俺たちは足止めを食らうことになった。機を置いてくわけにいかないから「陸路で別の空港に移動して帰る」っていうのは長引いた場合の非常手段。すぐには認められない。
「ストの予告はあるが回避の見込み」
? 誰だそんなこと言ってフライト決行しやがったやつは!
さんざん、クロエの前では絶対に口にできないような言葉で罵ってから(もちろん誰かを、じゃないよ。ホテルの部屋に戻ってから一人で、だ)、ようやく諦めがついて電話を掛けた。
『ほんっとうにごめん。けど、帰れそうもない』と。
で、返ってきた答えがあれだ。
「雨漏り?」
何の話だよ? って思ったとしても不思議はないだろ?
俺がそう言うと、ジェイクは笑った。彼はニュースでもうストライキの件を知っていた。
電話の向こうで、クロエが見ているらしい子供向けのアニメの声が聞こえてきた。彼女は最近パディントンがお気に入りだ。イギリス訛りが移るんじゃないかと心配するくらい毎日見てる。今聞こえてる柔らかい(でもちょっと慌てた)声もパディントンのものに違いない。
「なんだよ、内緒? どこの雨漏り?」
俺がそう促すと、彼はようやく気を取り直した、という様子で続けた。
『どこの、ってもちろんマーヴのガレージのに決まってるだろ』
そう「当り前」って声で言われても、俺は疑問符を返すしかなかった。
「砂漠で雨漏り?」
『まったく降らないわけじゃなくてたまにスコールみたいなのが降るんだって。この間行ったときに見せてもらった。かなり高いところで、一人で作業するのはやめた方がいい感じだったから、次の機会に手伝うって約束したんだ』
それを聞いた途端、「この間行った時」というのがいつか思い当たって、俺は一人で顔をしかめた。
クロエがどうしてもマーヴに会いたいってわがままを言った日、俺は仕事に行かなきゃならず、その前の日にくだらないことで喧嘩になったばかりだったジェイクはこれ見よがしに言ったんだ。『じゃあパパとふたりで行こうか?』と。
そして本当に、彼らは俺を置いてふたりでモハーヴェに遊びに行ってしまった。まあ、1泊してすぐ帰ってきたけど。
ジェイクも俺も仕事で忙しいのは同じだ。
でもなぜか、仕事に振り回されがちなのは俺の方で、彼の方は自分のペースを守れてる。ように見える。
本当はそうじゃなくて、彼らしい見えない努力でカバーしてるのかもしれない。それが俺の最近の心配事。
お互いに仕事しつつ、幼い子供の面倒を見るっていうのはほんとうに、3人分仕事するくらい大変なことだ。
なのに俺は本当に運がなくて、こんな大事な日に家族と一緒にいられない。
「……ここんとこ、俺より君とクロエの方がマーヴやペニーと一緒にいるよな」
意外と会う機会がないのは、俺たちが忙しいせいと、アメリアがアナポリスにいるせい。そして、マーヴが頑なにモハーヴェを離れようとしないせい、だけど。
「ほんと、ごめんな」
今回帰れないのは不可抗力だけど、集まろうって言いだしたのは俺なのに、結局ジェイクに負担を掛けることになる。そう思いながらも付け加えると、彼は笑った。
『あのな、俺たち結婚して何年経ったっけ?』
改めてそんなこと言われると思ってなくて、俺は一瞬戸惑いながらも返した。
「……ええと、そろそろ5年?」
『正解』
そう軽く返されたけど、もちろん間違うはずもなく、彼がそんなことを問うた意味は解らなかった。
「それがなに?」
『言うまでもないけど、マーヴは俺にとっても家族だから。とっくに』
だから謝る必要なんかないだろ。
そう言ってくれてるんだとわかって、なんだか泣きそうになった。忙しくて、いつも余裕がない。それはお互いさまのはずなのに、なんだか。
「おまえはさ、そうやって、ずるいよ」
つい心にもない言葉が口をついて出た。
『ずるい?』
「だって格好良すぎるだろ」
もちろんクロエを連れてマーヴのとこに遊びに行くのはいつだって楽しい。アメリアはいつも「マーヴったらすっかり「おじいちゃん」みたい!」って笑うけど、俺たちだってマーヴに懐いてるクロエを見るのも楽しいし。
でもそれはいろんなことをやりくりして、普段の暮らしの中でつい苛立ちが相手の方を向いてしまうこともある瞬間も、全部忘れて過ごす「休日」だからこそなわけで。
子連れの長距離移動を一人で引き受けるはめになって、正直すごい文句を言われることになるだろうと思ってたとこもあったのに。
『俺はいつだって格好いいけど?』
ジェイクはそう平然と答えて、そして小さく笑った。
本当は何か、言いたかったことを飲み込んだんだっていう気配がした。
「よく知ってるけど。おまえがすごく格好いいのは。わかってるけど」
『だったらいい。それに、埋め合わせは考えておくし』
? って台詞が最後に付け加えられて、俺は思わず笑った。
「わかったよ。覚悟しておく」
ごめんな。ありがとう。
そう言うのは、ちゃんと会ってから直接言うことにしよう。俺はこっそりそう思って、頷いて返した。
② はちみつ色の
お題:「はちみつ色の」「抱き枕」「ダーリン!」
酔っぱらったジェイクはわりとたちが悪いかも? という話
「ダーリン!」
それは夢にまで見た、とは言わないけどちょっと憧れる台詞だ。ジェイクは普段あんまり甘い言葉は口にしてくれないから。
でも今は正直素直に喜ぶべきなのかちょっとわからない。
蜂蜜がたっぷりかかったみたいな甘ったるい声で、彼は俺をそう呼ぶ。耳元をくすぐるみたいに唇を近づけてきて、くすくす笑って。
まるで誘ってるみたいな、というより完全に誘ってる。
しっかり鍛えた腕を俺の腰にガシッと回してきて、「逃げるな」と言わんばかりに力を込めて。
でもだがしかし。
ここはハードデックで、まわりには仲間がたくさんいて、みんな珍しく酔っぱらってるジェイク・ハングマン・セレシンを見て面白がっている。そんな状況なんだ。
「ジェイク、わかった。もう帰ろうか」
本当は名残惜しい気分でもあったけど、このまま放っておくとどうなるか、残念ながら俺はよく知っているんだ。俺はすっかり抱き枕にされてしまう。つまり眠ってしまったジェイクをどうにか抱えて車まで運び込んで、連れて帰るはめになるってこと。だからもうこうなっちゃったら最後、さっさと帰るに限る、というわけ。
でも。
「なんでだよー。やだー。まだのむー」
まだのむーじゃないだろうよ。
そう思ってため息をついたら、隣にいた人物が笑って言った。
「……酔っぱらってるね」
呆れたような視線が頬に痛い。もちろん彼女もこの状況を初めて見るわけじゃない。でもけして、酔っ払い本人に「もう帰れ」なんて台詞は言わない。
なぜなら、誰よりも、完全に、この状況を面白がっているからだ。
そして彼女は、ジェイクに向かって言った。
「ねえ、ダーリン君が困ってるみたいだけど?」
「なんでだよ。なんで困る?」
「うーん、あんたが可愛いからじゃない?」
「ぶらっどりはそんなことはとっくに知ってる」
さすが。酔っぱらって自分を見失っているようでいても、そういうところは彼らしいな。俺は変なところで感心して笑ってしまい、ますますフェニックスに胡乱な目で見られるはめになった。
「抱き枕にされて喜んでるなら助けないけど?」
全然助ける気なんかないくせにそんなことを言うから、俺は笑って返した。
「別に助けは求めてないよ」
いつもきっちりまっすぐな背中は今は丸くなって俺に全身で寄りかかってきていて、酔っていつもより高い彼の体温を直接肌で感じる。安心しきったように体重を掛けられてる、その重みが気持ちいいくらいだ。
そしてはちみつ色の、短い、きれいな髪がほんの眼前に見える。
本当はこのままそこに鼻先を埋めて、耳の後ろの匂いをかいで、膝の上に抱き上げて抱きしめ返してしまいたい。
けどまあ、そうなったら止まれる自信はあんまりないから。
だから誰にも聞こえないように小さく囁いた。
「なあ、もうこれ以上みんなに見せたくないから、帰ろうぜ、ダーリン」



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