20230122 #RH 「狂気」
- ろばすけ

- 2023年1月22日
- 読了時間: 3分
更新日:2023年1月24日
(付き合ってないふたり)
裸のまま仰向けになって、ただ目を閉じていた。
からかうような、問いかけるような指が脚を辿って行って、彼が何を気にしているのかわかった。今俺の体はここ数日の飛行訓練でアザだらけになってるから。
だから、俺は言った。
「頭がおかしいって言われたことがある」
「はあ?」
あんまりにも唐突だったらしくて、彼はそう言って目を見開いた。まあそうだよな。わかるけど。
さんざんやったあとだった。安いモーテルの一室。いつもだったらさっさと帰る時間だ。
でも今日はなんだか疲れていた。このままゆっくり眠れる場所だったらよかったのに、とちらりと考えたことを、冗談じゃないと自分で否定しながらも、俺は動かず、目を閉じたまま、ただ言葉を続けた。
「耐G訓練のあとでアザがひどいときとかは、あんまり服を脱いだりしないようにしてたんだけど」
「……ああ、それはまあわかる、けど」
けど「頭がおかしい」ってなんだよ?
そう問いかけてくるような視線を目を閉じたままでもしっかり感じながら、俺は続けた。
「ちょっと緊急事態があってアザになったんだけど、もう慣れっこだし気づいてなくて。
その日は元々、当時付き合ってた彼女と会う約束があったんだけど……」
俺たちはこうやって時々寝る。そうなってからもうけっこう経つ。
けど、俺には付き合ってる相手もいるし、彼が普段どうしてるのか、俺は知らない。聞こうと思ったことはないし、彼も話題にしない。
「結局ベッドに入ってから「どうしたのこれ?」ってことになって」
ネタ的に話したつもりだったんだけど、真剣に引かれたときの彼女の顔を思い出して、俺はちょっと笑った。
「職業は話してなかった?」
「まさか。話してた。でももちろん、そんなに詳しくってわけじゃなくて」
ああそうだよな、みたいに頷いたのが伝わってきて、俺はちょっと笑った。
「でも仕方ないから、その時はじめてGが掛かるとどうなるか、とか、わりと具体的な話をしたんけど.......」
そのとき、彼は言った。
「ああ、それで「頭がおかしい」か。
まあ、仕方ないよそういうもんだ」
もう何年も、こいつがなにをどう考えてるのかはさっぱりわかんない。
俺はそう思いながら過ごしてきた。
なのにこいつはよく、ほんとうに安易に、「わかる」みたいな顔をするし、こうして簡単に言ってくるんだ。
ほんと、むかつく。
きついけど怖いとは思わない。
もう飛べないって言われる方が怖い。
時々ずっとこうして飛んでいたいって思うことがある。
わかるに決まっていて、それでいて絶対簡単に言って欲しくない言葉がそのまま連なりそうで嫌で、俺は勢いよく起き上がり、そのままベッドを出た。
「ん?」
「帰る」
「.....今?」
お前が始めた話だろうがよ。
そんな疑問と非難が両方詰まったような顔をされたけど、俺は無視した。
シャワーも浴びずさっさと服を着て、アブリでタクシーを呼びながら。
「じゃあな、またな」
また、がいつなのか俺は知らないままだった。
たぶんその方がいいんだ。なにも考えない方が。
お前の言いたいことは全部わかる。そんな顔されたらどうしていいかわかんないから。
実際俺たちはなにもかも正反対みたいだけど、飛んでるときのあの感覚がわかる相手はそういないってわかってるから。
だから俺はそっけなく言葉を切り、さっさと帰る。
(神々の山嶺)
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