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20230130「苺」

  • 執筆者の写真: ろばすけ
    ろばすけ
  • 2023年1月30日
  • 読了時間: 5分

更新日:2023年2月5日

The Last of Us S1E3のネタバレです。見てからどうぞ。



「大事なのは距離感」

 フランクはことあるごとにそう言った。

「どんなに親しい関係だって一人の時間は必要だ。そうだろ?」



 もちろんそのとおりだ。

 実際のところ、俺は一人でやることがいくらでもあった。

 ジョエルに言われるまでもなく、十年経ってあちこちにガタがきている。有刺鉄線を手に入れ、張り替え、罠は進化させ、武器の手入れをし、そしてもちろん料理も俺の仕事だ。

 一方で、フランクは畑の手入れをする以外は、絵を描いたり、ピアノを弾いたり、なにか熱心にノートに書いたりして暮らしている。

 それはそれでいい。好きに過ごせばいい。


 だがやっぱり伝わるものだ。彼が俺に何か隠している、っていうことは。

 それは、たぶん、去年の秋くらいに始まった。

 彼は俺が何か作業に集中しているときに、静かに家を出て行く。帰ってくると服が土で汚れていたりするが、行き先は庭に作った畑じゃない。

 食事の時にさりげなくその日の出来事を聞いても、彼が答えるのはいつも通りの内容だ。



 俺は誰かと付き合ったり一緒に暮らしたりしたことはない。それでも、もし今まだ普通の社会があって、俺たちが普通のカップルなら、これは相手の浮気を疑ったりする状況なんじゃないかと思った。

 そう思い、そして内心で自分を笑った。

 まさか、この俺がパートナーの浮気を疑って疑心暗鬼になり、それでもまっすぐには聞けずに過ごすとか、そもそも浮気する相手が存在しないだろうとひとりで笑うとか、そんな奇行をする日がくるなんて。

 人が人を食らい、菌類に乗っ取られる日が来る、なんて話と同じくらい想像もしなかった。いや、そんな世界になったんだから今さら何が起きても驚くまでもないのか。

 それに、俺が同性のパートナーを得て、10年も、喧嘩しながらも、一緒に暮らしている。それが一番の、想像もしなかった驚きだ。

 それこそ、世界が滅んだことよりも。



 俺を苛立たせたフランクの行動は、しばらくするとなくなった。

 俺が、気のせいだったのかと思い込むころには冬がきて、自分を笑ったことも忘れるころには春がきた。

 そして、このあたりの春もそろそろ終わり、新緑が美しくなり始めるころ、彼は言い出したんだ。

「少し走ろうよ」と。


「君はもう少し痩せるべきだ」

 彼はことあるごとにそう言い、気まぐれに、彼の日課であるランニングに俺を付き合わせた。

 俺は昔から、運動もランニングも好きでやったことは一度もない。腹は若いころから出ていて、最近はさらに丸くなっているが、いまさら誰の目を気にするでもない。

 それでも彼があんまり熱心に誘うから、3回に1回くらいは付き合っていた。その日も、そんな気まぐれのつもりだったんだ。

 けど。


「サプライズがあるから、目を閉じて」

 俺がフェンスで囲ったささやかな「町」のはずれにある家の裏庭だった。

 彼は俺の手を引き、そう言った。

「いったい何があるんだ?」

「言ったらサプライズにならないだろ? ほら、目を閉じて」

 言われるまま目を閉じ、顔を覆った彼の手のぬくもりを感じたまま少しだけ歩き。

「さあどうぞ。プレゼントだよ」


 目を開けて、俺が見たのはささやかな苺畑だった。

 丁寧に作られた畝には、いくつも、赤い宝石のような果実が実っていた。

「……おまえが?」

「そう。君の銃をね、種と交換したんだ」

 驚いた声は思わずかすれたけど、フランクは実に楽しそうに俺の顔を見ていた。

 でも後半は聞き捨てならない台詞だ。

「俺の銃と?」

 案の定彼は笑いだし、俺の腕を叩いて言った。

「小さいやつ。気にするなよ。たくさん持ってるだろ?」

 なんてやつだ。そう思ったけれど、彼は俺の手を引いてしゃがみこんだ。

「ここまで内緒で育てるのに、すごく苦労したんだよ」

 つやつやと光っているみたいな赤い実を、彼はふたつ摘まみ、一つを俺によこした。

「……苺なんて」

「十年ぶり?」

 ああそうだ。ほんとうに、久しぶり。そして彼が言った意味が、今目の前にある笑顔の意味が分かった気がした。

 確かに、銃なんかより、もっと貴重な品かもしれない。


「食べてみようよ」

 彼はそう言って、恭しく持ち上げた赤い実に歯を立てた。

 そして俺も、彼に倣う。

 ほとんど恐る恐ると言ってもいいくらい慎重に。

 

 歯を立てると、途端に瑞々しく、甘く、そして果物にしか持ちえない酸味が口の中に広がった。


 その感覚を、どう表現したらいいのかわからない。果物を食べたのは、本当に10年ぶりだった。手に入る食糧をどうにか美味く食えるように工夫する。それはずっと繰り返してきたけど。

「……すごいな。ほんとうに」

「美味しいね」

 だいぶ白いものが目立つようになってきたハンサムな顔が、まるで子供みたいにそう言って笑ったから、俺はすんなり言うことができた。

「ありがとう」

 このところ喧嘩が増えていた。その言葉は、俺に決定的に足りていないものだと、彼は何度も言っていた。

「……いいね。そんな貴重な台詞が聞けるなら、半年内緒で頑張った甲斐があった」

 フランクはそう言って心から嬉しげに笑い、それから俺の顔を引き寄せてきて口づけた。

「……まさか、君の唇から苺の味がするなんて」

 すぐに離れ、そう言って笑い、そしてまた舌が伸びてくる。

 俺は誘われるままその場に彼を押し倒しそうになって、ぎりぎりのところでたしなめられた。

「苺がつぶれちゃうだろ!」

 言った本人も笑っていた。まさかそんな言葉で俺を止める日がくるなんて、と。


 俺は、「浮気を疑った」っていうとっておきの笑い話を、そのうち彼に聞かせることになるだろう。

 彼はきっと容赦なく大笑いし、それからきっと言うだろう。

「十年位は十分、君をからかうネタにできそうだよ」とか。

 そして俺は呆れた顔でただ肩をすくめて返すだろう。

 ほんとうは「十年先も一緒にいてくれるならネタにされるのも悪くない」そう言えればいいだが。


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