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20230202「バスルーム」#TLOU

  • 執筆者の写真: ろばすけ
    ろばすけ
  • 2023年2月2日
  • 読了時間: 6分

更新日:2023年2月5日

The Last of Us S1E3のネタバレです。見てからどうぞ。







「またここか」

 いきなりドアが開いたと思ったら、そこにビルが立っていた。

 彼のあきれ顔に対して、僕は裸のまま、浴槽につかったまま、目も合わせず返した。

「ノックくらいしてくれないか」と。

 わかりやすすぎるくらいの「拒絶」に、返ってくるのはいつもの大きなため息だ。

 それはなんだか偉そうな態度に見えるけれども、彼が内心すごく動揺しているんだって僕はわかってる。

 彼は僕を怒らせる天才だけれども、同時にそれをとても恐れているんだと知っているからだ。



 もう5年以上、僕の世界には彼以外の人間はいない。

 ここを出てボストンに向かえば、隔離エリアがあることは知っているけれど、行く気がないのだから存在しないも同じだ。

 もちろんそこまでの道のりは安全じゃなく、一人ではたどり着けないだろう。もし行けたとしても、ここより快適な暮らしがあるわけもない。

 でも、僕がもう何年もこの家で彼と過ごしている理由は、世界を滅ぼしてしまった病気(と言っていいのかどうか、それは毎回ビルと議論になるところだけど)が理由じゃない。

 ここで思いがけず、大事なものを見つけたからだ。

 それまでの、「正常だった」世界で知っていた、あるいは持っていたどんなものよりも。


 

 僕が閉じこもっていたのは、普段は使っていない、2階の端にあるゲストルームに付属した浴室だった。

 僕が初めてこの家に来たとき、ビルがシャワーを浴びるように言ってくれた時に使った場所だ。

『ずっと使ってないけど湯は出るはずだ』

 そう言って案内されたその場所は、確かに埃はたまっていたけれど整頓されていて、僕にとっては数年ぶりの浴槽があった。

『着替えを置いておくから』

 彼がそう声を掛けてきたとき、僕は慌てて「すぐに出るよ」と言ったけれども、すぐに撤回した。

『あと5分だけいいかな?』

 ビルはダメだとは言わなかった。そして僕は、熱い湯の中で手足を伸ばす、忘れかけていた気持ちよさにうっとりとひたって時間を忘れた。

 そのほんの少し前の僕は、深い落とし穴の底にいた。恐ろしげなマシンガンを構えた彼が登場したのを見た時点で死を覚悟した。そして殺されなかったと気づいた次の瞬間には、射殺より怖い目に遭うかもしれないと一人で想像をめぐらせもしたのに。


『いったい、風呂でそんな長いことなにをやってたんだ?』

 僕が5分どころか優に三十分は経ってからようやく階下へ降りると、彼は不思議そうな顔でそう問いかけてきた。

『もう何年も浴槽につかることもなかったから、幸せで時間を忘れてしまったんだ』

 僕が正直にそう返すと、彼ははっきりと呆れた顔をした。


 そう、例えば風呂が、僕らが生活の「何を重要視するか」が全く違う、ということのいい例だ。

 彼は普段、ものの五分ほどでシャワーを済ませてしまう。

 一方で僕は、彼の母親が残したんだというバスソルトやシャワージェルの類を使い果たしてしまうと、彼が「倉庫」と呼んでいる廃墟になったホームセンターの在庫をありったけ探しに行った(彼が興味を持たない類の製品の在庫は何年も眠ったままだった)

 熱い湯につかっていい匂いに包まれるのが、今の環境での最大の癒しだと思っているからしばしば長風呂するけれど、彼はそんな僕を見てあのときみたいな呆れ顔で「都会のゲイみたいだ」って言うわけだった。

 でもそれは仕方ない。僕は「都会育ちのゲイ」以外の何者でもない。

 似たような意地の悪い表現で彼を表そうとするなら、彼は「田舎のインセル」ってことになる。そしてそんな言い方は何よりも彼を怒らせる。

 キレたらわりと手が付けられないって学習したからもう言わないけど。それに今、都会なんてものは失われ、政治的な信条も意味をなさない。僕らはもう「都会のゲイ」でも「田舎のインセル」でもない。

 ただのビルとフランクとして、ここで偶然出会ったふたりだ。


「それでなにしに来たんだよ? 中年の裸を見に来た?」

 いつまでも風呂から出てこない、それも普段使っている主寝室の隣のバスルームじゃなく、わざわざこっちに閉じこもっている僕の様子を見に来たんだと、僕はもちろんわかっていた。

 相変わらず目も合わせないままそう言うと、彼が「忌々しい」って感じの何かを口の中で飲み込んだ気配がわかりやすく伝わってきた。

『おまえは俺の弱みを握っていて、俺を支配しようとする』

 前に彼がそんなことを言ったことがあった。

 それを聞いた僕は本当に心から笑ってしまったんだけど。

 この世界で圧倒的強者は彼の方だ。あの混乱の時期を一人でのりこえ、この家を守り抜き、たぶん今、世界中でももっとも「豊かな」暮らしをしている一人だろう。地球の裏側の人たちが今どうやって暮らしてるのか、僕らには知りようもないけど。

 彼が本当に僕を憎み、この家から追い出そうと決めたなら、そうするのは本当に簡単なことだ。

 そして僕は、きっと一人で「安全な」場所までたどり着くことはできない。

 彼は、もしそう望めば、僕を奴隷のように扱うことだってできるはずだ。

 それなのに彼は言うんだ。僕はそんな彼の「弱み」で、僕自身は何も持っていないのに、彼を支配することもできるんだと。

 誰よりも頑固で、強くて、そして可愛い人だ。

 

 ビルはため息をついて、その場に座り込んだ。

 彼の亡くなった母親は晩年脚が悪かったらしく、あちこちに小さな台が置いてあった。彼はそこに腰かけて、バスタブに肘をつき、僕の顔を横から覗き込んできた。

「……甘ったるい匂いがする」

「そうだね。朝からずっと草むしりをしていたから汗かいたんだ」

 家の周りをきれいにしておきたい、と言うと彼はいつも笑う。こんなに美しい家なのに、雑草まみれにしておけない。そんな僕にとっての「当たり前」は、彼にとってはイカレた考えなのだ。

 僕があえて嫌味っぽく言った言葉を耳にして、彼はため息をつき、それから恐る恐る、って感じで手を伸ばしてきた。

 洗ったばかりの髪の先に触れる、太い指の先を、僕はちらりと見た。

「そろそろ出てきて飯にしよう」

「……今日のメニューは?」

「ウサギ。あと、パスタも作った」

 僕の眉が、勝手にちらりとあがった。顔が勝手に笑ってしまう。

「……僕の好物ばかりだね」

「そうだよ」

「パスタのソースは?」

「君が育てたバジルをもらった」

 その答えをとても気に入ったので、僕はようやく振り返って笑って見せた。

「相変わらず食べ物で釣るのがうまい」

「それくらいしか方法がないからしかたない」

 それくらいしか方法がない? ほんとうに「食べ物で釣られた」と思ってる?

 僕はそう思ってまた笑い、それから中途半端に伸ばされたままの彼の手を取って、僕の頬にあてた。

「わかった。出るよ」

「拭いてやる」

 彼はそう言って立ち上がり、置いてあったバスタオルを広げて見せた。

 本気で? って思ったけど、僕はそれこそ王侯貴族のように当然の顔で立ち上がって、彼がバスタオルでくるんでそのまま抱きしめてくれる愉悦を楽しむことにした。


 喧嘩の理由? そんなものはもう忘れてしまった。




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