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20230208「聖域」 #jktm

  • 執筆者の写真: ろばすけ
    ろばすけ
  • 2023年2月8日
  • 読了時間: 3分

更新日:2023年2月10日



「彼ら」はここを「聖域」と呼ぶ。

 大切にしていないくせに、と思うけれど、聖なるものを貶めるのはいつだってそれを利用する人間のほうだ。

 そう考えると確かに、彼らは堕落した聖職者みたいなものかもしれない。

 だったら俺は何だろう? 聖像を磨く用具係かなにかかな。

 大切に扱い、日々世話をし、自分自身よりも大切に思えるくらいだけれど、盗み出す勇気もない。



「白色光が脳をモニターし、現れるイメージを解析することで、彼らが「見ている」像が我々にも見えるようになるんです。

 ドーパミンとエンドルフィンの投薬効果で彼らに苦痛はなく、精神も安定しています」

 俺がそう説明すると、見学にやってきた監督官は珍しげにトムの顔を覗き込んだ。

「近づきすぎないで。見えてないわけじゃないんです」

 そう注意した声は必要以上に強いものになっていたかもしれない。

 

 

「プリコグ」と呼ばれる、犯罪を「予言」する能力を持った存在を見守るのが俺の仕事だ。

 3人いるプリコグは、女性の双子と一人の若者という構成だけれども、いつも一番鮮やかなイメージを見せてくれるのはトムだった。

 彼はいつものように、浅いプールの中に作られたベッドの上に横たわっている。そこはイメージを増幅する液体で満たされているけれど、銀色の薄い生地で作られたスーツに身を包んだ彼の美しい体をそれ以上隠すものはない。祭壇に掲げられた美しい供物のようにも見えるが、どちらかというと彼そのものが崇拝の対象となるべき存在だ。

 彼らの顔は液体の表面からぎりぎり外に出ていて、呼吸を妨げることはない。くちびるもまぶたもいつもうっすらと開いていて、彼らは今にもしゃべりだしそうだし、うっとりと何かを見つめているようにも見える。

 

「見えてないわけじゃない? でも意識があるようには見えない」

 監察官はそう言って、やっぱり近づいてのぞき込みたいと思ってるのがはっきりとわかる顔をした。

 俺は首を振って、彼をモニターがある部屋の隅へ促しながら言った。

「この液体の中で、熟睡もせず覚醒もせず、常にその「中間の状態」を保っているんです。でもここに誰かがやってきていつもと違う動きをした後には、彼らは決まって影響を受けて不安定になるんですよ」

 だからもうさっさとここから出て行ってくれ。

 そう思っているのはどうやら通じたらしく、監督官はうっすら笑って見せた。

「若いがとてつもなく有能」という評判を聞いて「上」がぴりぴりしていたことを思いだしたけれど、そんなことは俺の知ったこっちゃない。

「なるほど。だから見学を断ってきたのか。これまでずっと?」

 ほんとうは、彼らが見世物みたいになるのが耐えられなかったからだ。そう言うことはできなかった。ほとんど私情に過ぎないってわかっていたから。

 もちろん、引きも切らない「見学」要請に全部応えていたら、彼らの「仕事」に影響が出るのも間違いなかったし。

「彼らの能力を最大限に発揮できるようにするのが僕の仕事ですから」

 俺はそう、最大限「冷静に」返したけれど、監督官はまたさっきの薄い笑いを見せて言った。

「見学者が来なければ、ここは君の城なんだな」

 !

 動揺を隠せたかわからない。俺はわざとらしく笑ってみせるのが精いっぱいだった。

「なんのことですか。僕はただの「世話係」に過ぎないですよ」




マイノリティ・レポート

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