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再会

  • 執筆者の写真: ろばすけ
    ろばすけ
  • 2025年12月14日
  • 読了時間: 10分

「アレキサンドリア!」

そう突然呼ばれたとき、私は心からびっくりした。私を知っている人は誰もいない。そう断言できる場所だったのに、私は私の名前を呼んだその男の人の声を、確かに「知っている」と直感できたから。


得体の知れない予感のようなものがあって恐る恐る振り返った先で目に入ったのは、車椅子に乗った見知らぬ男性だった。

「君は、アレキサンドリア?」

彼は私の方に近づいてきながらそう聞いた。最初は強い確信をもっていたのに、私の顔を見て急に心配になったみたいな様子で。

車椅子は見たことがないような、金属製で黒くつやつやした立派なものだった。座っているけれども本当はすごく背が高いんだとわかる。着ている服も見るからに上等なもの。

しっかり正面から顔を見ても、やっぱり知らない人だった。30代後半くらいかな。口ひげを蓄えたハンサム。日焼けの気配もなくて、髪も完璧に整えられている。


「ええ、私の名前です、けど……」

戸惑いは声に出ていたと思う。

彼はそれを聞いて、少し照れたように笑った。そして低い、よく響く声で言った。

「すまない、驚かせたね。たぶん君は覚えていないと思う。僕は昔、まだ小さかった君に助けられたことがあって……」


ああ、そうだ。

そのとき唐突に、私は思った。

この「ふかふかの毛布みたいな声」、を、私は知ってる、って。

「まさか、あなたは、ロブ?」

混乱しながら、そんなはずはないと自分を否定しながら、それでも私はそう聞いてしまった。

もしそうなら、私が最初に「知ってる」って思った理由がわかるはずだから。

そしたら、彼ははっきりと嬉しそうに笑って、頷きながら言ったの。

「そうだよ。やっと会えたね。しかも今日ここで。これは、間違いなく奇跡だ」

太い眉毛が真っ先に目にはいる男らしい顔が、はにかんだように笑った瞬間、急に柔らかくなった。

声は、まるでふかふかの毛布みたい。そう、私がそれだけは覚えている、ロブの声だった。




そこから先は、びっくりの連続だった。

彼は私がそこにいた理由を確認した上で、会場にいた女性に耳打ちをして、私に「全部終わったらゆっくり話そう」と言った。

私の順番がきたとき部屋に入ると、正面に置かれた席に、監督と並んで座っていたのは彼だった。

終わって外に出ると、さっき彼が耳打ちしたアシスタントらしい女性が近づいてきて、私を会場のすぐとなりにある豪勢なホテルのロビーに連れて行った。そして私を窓際の席に座らせると、「飲み物は何がいい?」って聞いてくれたの。

私はそんな場所に入ったことがなかったら、何を頼めばいいのかさっぱりわからなかったし、きっとすごく高いに違いないと思うと恥ずかしくて声が出なかった。

でもその女性は言ってくれた。

「支払いはロブがするから心配しないでいいのよ。ここのコーヒーはすごく濃いから、ジュースにしておくわね。しばらく待つことになるかもしれないけど、待ってて」と。


ホテルのロビーにはいろいろな人がいた。

お金持ちの奥さまたちのひそひそ声のお喋りは外国語のように聞こえたし、輝くように美しい女性が一人入ってきて奥まった席に座ったかと思ったら、ずんぐりした、ずっと葉巻を吸っている男の人が、誰も彼女に近寄れないように見張るみたいに近くに立っていたり。

ジュースは飲んだことがないような素晴らしい味で、オレンジじゃないことだけはわかったけど、なんのジュースなのか想像もつかなかった。でも、私がもったいなくて少しづつ飲んだのと同じジュースを、隣のテーブルの家族連れの幼い男の子達は、さもつまらなそうに一口飲んで放り出して、カーペットの上に座り込んで立派な列車のおもちゃで遊ぶ方に夢中になっていた。

ぴかぴかしたエナメルの靴、うっとりするような香水の匂い、羽根飾りのついた女性たちの帽子と傷も汚れもどこにもないピンヒール。

仕事場に行くときにいつも使う通りに面しているのに、そこは同じロサンゼルスでもまるで「知らない場所」だった。


私は周囲をこっそりと観察し、もう二度と飲めないかもしれないジュースをちびちび飲んだ。

でも、氷が溶けた水まで飲んでしまい、周囲の客がすっかり入れ替わってしまっても、誰も私を迎えに来なかった。


もし誰も来なかったらどうしよう?お財布に入ってるお金で足りなかったりしたら?

どんどん不安になってきて、逃げ出す方法すら考え始めたとき。

「ウォーカーさん、お久しぶりです、今日も素敵ですね」

「僕の連れは?」

「奥の席でお待ちですよ」

そんな会話の片方は、あのふかふかの毛布みたいな声だった。


振り返ったときの顔は、たぶんちょっと泣きそうになってたんだと思う。

「すまない。ずいぶん待たせたね」

彼はあの眉毛をすっかり下げて、本当に心からそう言ってくれた。

大人の男の人に謝られるなんて初めてだったから、私はどう答えたらいいかわからずに正直に返した。

「誰も来なかったらどうしようかと思って心配したの。ここのお代なんて払えそうもないもの」

「そうか。心配をかけてごめん。でもそんなの忘れるくらいいいニュースがあるんだ」

そう言うと、彼は私の向かい側に空けられたスペースに車イスを移動させて、慣れた様子でコーヒーと、私にもう一杯ジュースを注文してくれた。

それから、改めてまっすぐ私を見て言ったの。

「ずいぶん探したんだよ」と。



それから、私はあの病院を退院してからの14年についてかいつまんで話した。

オレンジ農園の季節労働者は1ヵ所にずっととどまっていたりはしないから、彼が探そうとしても見つけようがなかったに違いないこと。ママは私と妹を抱えて生きていくために再婚して、今はテキサスに住んでいること。

18になったら家を出ると決めていて、一生懸命お金を貯めたこと。今は同じようにロサンゼルスに出てきた女の子3人で部屋を借りて、ウェイトレスとして働いていること。


「ここへは女優を目指してきたの?」

この街でウェイトレスをしている女の子たちのほとんどが「女優志望」だ。しかも、私が今日彼と再会した場所が場所だったから、彼がそう思うのも無理はなかった。

「そうじゃないの。私は都会に出られればなんでもよかったし、美人じゃないから女優になろうなんて思ったこともない。でもルームメイトのシンディが「まるであんたのための役みたいだから!」って言って……」


今日、私は生まれて初めて映画の「オーディション」というものを受けた。

「主人公」の役は『小柄で、ブルネットで、生意気そうな勝気な表情をしていて、逆境に負けない強さを秘めている』、って案内に書かれていたけれど、オーディション会場に来ていたのはすらりと美しい人ばかりだった。

シンディはすでにいくつか小さな役をもらっている女優の卵だったから、私に山ほど「オーディションの心得」的なアドバイスをくれたけれど、私はやっぱりこんなところに来るべきじゃなかった!と思って帰りたくなっていたの。

ロブが私の名前を呼ぶまでは。

結局、彼が「終わった後話そう」と言ったから、私は逃げ出すチャンスを失ったというわけ。


でも。


ロブは笑って、驚くようなことを言った。

「その友達は正しいよ。僕は君にまた会いたくて脚本を書いたんだ。「この話のモデルのアレキサンドリアがこの映画を見たら、どうぞ名乗り出てください」ってエンドロールに書くつもりでね」

「あなたが脚本を書いたの? 私がモデル?」

「もちろんそうだよ。君は僕の命の恩人だから」



今度は、ロブが「あの病院を退院してからの14年についてかいつまんで話す」番だった。

彼は結局歩けるようにはならなかったこと。でもあの病院で私に話してくれた物語を映画会社の人に話したら、「ホンを書いてみたらいいんじゃないか?」と言われたこと。

実際に映画に使われるようになるまでにずいぶんかかったけれど、今では売れっ子の脚本家になっていること。

そして。

「君とあの病院で作った物語を映画にして、君を見つけるのが僕の夢だった。ずいぶん壮大な話だし、「主人公が女の子の映画なんて売れない」って言う人ばかりだから予算を獲得するのが難しかったんだ」

「でも今日オーディションだったの?」

「そう。やっと実現にこぎつけたんだ。僕が一番信頼している監督が撮ってくれることになってる」

「おめでとう」

私は映画の世界のことは何にも知らなかった。でもロブの表情はとても嬉しげで、私はそう言うのがふさわしいと思ったから言ったの。

「きっと面白いお話なのね」

でも彼は笑った。

「そう思ってもらえるといいな。君が主演だからね」

さっぱりわけがわからなかった。

声も出なかった私に、彼は言った。

「演技の経験がないから監督は心配したけど、あれは君の話だから、君に主演して欲しい。僕がそう言ったから、少しばかり話し合いが長引いたんだよ。オーディションはとっくに終わってたのに、君を待たせてしまってすまなかった」


あれは君の話だから、君に主演してほしい。


その言葉の意味がなかなか飲み込めなくて、私は何度か口を開きかけては閉じ、やっとの思いで返した。

「……でも私、ごめんなさい、あのときのお話をぜんぜん覚えてないの。

私は病院でひとりぼっちで、退屈だっただけで」


そう、実際のところ、私が覚えていたのは「ふかふかの毛布みたいな声」だけだった。

私はテキサスに引っ越した後、母が話してくれた、「あなたの仲良しさん」を探しに、何度も映画館に行った。母は「ロブはいろいろな映画に出ているって聞いた」って言ったから。

ほんとうは顔も覚えていなくて、出ていたとしても彼だとわからないと知っていたけれど、みんなが楽しみにしている「映画」というものに知っている人が出ているはずと思うだけで、なんだか嬉しいような、自慢できることのような気がしていたの。


でも彼は笑って言った。

「もちろんそうだろうね。でもそれでいいんだ。僕は君をだまして自殺するための薬を手に入れさせようとしたんだ。そのせいで君はさらに怪我をするはめになった。ずるい、ひどい大人だったんだから」

私は改めて、ロブの車いすを見た。上等なスーツで包まれた脚は、上半身のたくましさとは不釣り合いなくらいに細く見えた。私の腕の骨折はすっかり治ってしまったけれど、彼の怪我は治ることがなかったんだ。

「僕はお話の中の人物をみんな殺して、自分も死のうと思っていたんだ。でも君が泣いて止めてくれた」


そのときやっとわかった。

きっと映画スターを夢見ていたのは彼の方だったんだって。背が高くてハンサムで、アクションもこなせる。そのまま続けられていたら、その夢は実現していたのかも。

それなのに怪我は治らず、この先ずっと車いすで生活することになるんだと言われたら?

「それに君に「お願い」を聞いてもらいたくて、僕は必死で物語の続きを考えたからね。その時はじめて、話を考えるのも好きだって気づいたんだけど、正直あんな危険なスタントを続けているより、ずっといい「選択」だったかもしれないと思うことがあるよ」

私はもう、笑ってしまうしかなかった。ほんとうは彼が選んだわけじゃないのに、そんなふうに言えるなんて、今の彼は本当に幸せなのかもしれないって思えたから。

そしてそれってすごいことだなって思えたから。

「私にできると思う?」

「もちろん。君はたった4歳で、病院の薬品庫から薬を盗み出した人だ。簡単さ」

映画に出るのと盗みを働くのとはぜんぜん違う話だと思うけど。そう思ったけれど、私はそう言うのはやめた。

奇跡を自分で起こした人だもの、彼が言うならきっとできるに違いないって信じることができる気がした。

「でも私、台本のほんの一部しか読ませてもらってないの。あなたが話してくれた「お話」は覚えてないから、聞かせてくれる?」

私がそう言うと、彼はちょっとびっくりしたような顔をして、それからいたずらっぽく笑って見せた。

「もちろんだよ。もう怖くても泣かないでくれよ?」

 
 
 

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