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『謎は解けない』

  • 執筆者の写真: ろばすけ
    ろばすけ
  • 2025年12月13日
  • 読了時間: 4分

「ナイブズ・アウト: ウェイク・アップ・デッドマン」を見たあとの感想みたいな、「その後」を妄想した短文。フィリップさんが出てこなかったので登場させてみた(笑)

決定的なネタバレではないけど…いややっぱりネタバレ!を含みます。見た方のみお読みになってください。



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『謎は解けない』

リビングに足を踏み入れた途端、そんな「自分の」声が聞こえて、ブノワは小さく笑った。

「君がYouTubeなんか見てるなんて、奇妙だね」

「それは僕の台詞だ。なぜみすみすこんなさらし者になってるんだ?」


フィリップはそう言いながらも、ブノワが彼の定位置の肘掛椅子に腰を下ろすのをしみじみ眺めて、改めて動画に映っていた彼の逡巡を思い出した。

映画のセットのような教会の祭壇に立って、ブノワはステンドグラス越しに差し込んだ光をひととき見上げて、それから「敗北宣言」をしたのだった。その少し前に「不可能な密室殺人」の真実を語って見せたときの嬉々とした様子、つまり「名探偵ブノワ・ブラン」を演じているのとは違う、素の逡巡だったということは、もちろんフィリップにはひとめでわかった。


「それで君が「隠した」真実は実際どんな話だったんだ?」

フィリップがそう水を向けると、ブノワは実に嬉しそうな顔を見せた。

「君には何も隠せないな」

「当たり前だ。こんな芝居がかった筋書きに騙される方がどうかしてる」



ブランが依頼された、郊外の教会での「不可能な」殺人事件の捜査は思いがけない展開を見せた。

その場にいた、身勝手で偏った配信者を退けるためにした「敗北宣言」は、もちろんその部分だけが独り歩きして拡散され続けている。真実の欠片すら見ていない者たちからの失望や失笑のコメントが山ほどついていたが、ブランはあまり気にしていなかった。もともと、そんなものを見ている人間を相手にはしていないし、真実は語るべき相手にはきちんと語られ、守られるべき秘密は守られたからだ。

それに、彼にとっても、改めて信仰について思いをはせるきっかけになった数日だった。それが彼にとっては最も「思いがけない展開」だったと言ってもいい。


込み入った「真実」を一通り語り終えると、ブノワが目にしたのはお気に入りのガウンを着て年代物のソファの定位置に座り、いつもの皮肉っぽい笑みを浮かべた長年のパートナーの顔だった。

「君が「ダマスカスへの道」だなんて笑わせる」

「自分でもそう思うよ」


『私がここにいます。いつでも、あなたの話を聞くために』

愚直にそう繰り返した若い司祭のことを、自分はきっと忘れないだろうと、ブノワは知っていた。

真実を暴くことをためらったのは、真犯人への配慮というより、そうしたらきっと彼が悲しむに違いないと思ったからだ。

あの教会は、最初は、ブノワが長い間避け、忌み嫌ってきた「教会」そのものだったが、そこにいる司祭が変わると、別の意味を持った。


ほんの短い間、元はボクサーだったという司祭の、自分が探偵にどんな影響を及ぼしたのかに気づいてもいないに違いない表情を思い出していたブノワに、フィリップは苦々しく言った。

「これから毎週教会に通うことにする、なんて言い出したら別れるからな」

その言葉に、ブノワは笑って答えた。

「頻繁に通うにはちょっと遠すぎる」

「? 教会なんてどこにでもあるだろう」

フィリップはそう訝し気に問い返したが、ブノワはただ笑って首を振って付け足すにとどめた。

「いや、あの空間に足を踏み入れるとやっぱりぞっとする。だから安心してくれていい」


その言葉は真実だった。彼が通いたいとしたらそれはどこにでもある「教会」はなかったし、建物や場所ですらなかったから。

しかし『私の「教会」があるとしたら1つだけだ』などと答え、それが人を示すのだと知ったなら、彼のパートナーが要らぬ心配をし始めかねないことも明らかだった。もちろんその心配は見当違いなものだったし、もちろんフィリップはわかりやすく嫉妬を表に出したりはしないが、ずっとややこしい事態が引き起こされかねないことを、彼は長年の経験から知っていた。

普段、ブノワ・ブランは饒舌だったが、守るべき秘密は確実に守られるのだ。

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