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20230124「寒波」#RH

  • 執筆者の写真: ろばすけ
    ろばすけ
  • 2023年1月24日
  • 読了時間: 4分

更新日:2023年1月24日

「ほらこれ」

 コートを着込んだところでそう言って差し出されたのは、ニット帽だった。

「え? いや、俺はいい。似合わないんだ」

 かぶり物は苦手だ。事実だったからそう返したんだけど、ブラッドリーは引かなかった。

「今日は特に冷え込んでるからとりあえず持ってけ」

 彼はそう言って、強引に俺のコートのポケットに黒いのを一つつっこんできて、そしてもう一つ青いのを無造作にかぶって見せた。


 こっちの冬は、俺が暮らしてるあたりとはかなり違う。

 冷え込むけどずっと乾燥してるリモアと違って、雪が降るし積もって残るし、朝晩は強烈に冷え込む。

 家のなかは冬暖かいようにできてるから快適だけど、外は。

「!」

 一歩出て思わず足を止めた俺に向かって、彼は笑って言った。どこかちょっと自慢気に。

「な?」


 たまには冬の散歩もいいよな。

 そもそもそう言ったのは俺だ。前に来た時だけど。

 少し離れた場所にある店に行ってみたいから歩くのはどうだ?って提案したんだ。20分も歩けば着くような距離だけど、どうせならそのあたりにある店を見て回ろうと話しもした。

 でも1月も下旬の今、正直ここまで冷え込むとは思ってなかった。

 俺はマフラーをまき直し、それからすぐ隣を歩き出したブラッドリーをちらっと見た。

 太めの糸で編まれたビーニーはいかにもカジュアルな感じで、分厚いダウンを着込んで一回り膨れて見える服装に似合ってる。

 ブラッドリーはキャップもたくさん集めてて、何かかぶるのが好きみたいだったけど、俺はほんとうに苦手だった。似合ってる気がしないから、ほとんど持ってない。

 けど。

 かろうじて歩道は避けてあるけど雪が残りあちこち凍っている状態で、外気はきんと冷えていた。

 コートとマフラーで体はあたたかい。手はポケットに突っ込んでしまえばいい。でも。

「……なるほど。わかったよ。頭が寒いってことなんだな」

 そう言うと彼はまたあのちょっと自慢げな顔で言ったわけだった。

「悪いことは言わないからかぶってみろよ。全然違うから」


 ポケットの中であたたまっていたビーニーは、彼が今かぶっているのに比べるとだいぶ薄手だった。

 それでも思いきってかぶってみると効果に驚く。

「な?」

 暖かいだろ?

 そう問いかけてくる目が笑っていて、頷かないわけにいかなかった。

「全然違う、けど。.......これでいい?」

 どうせかぶるなら確認してから出てくればよかった、と俺は思った。鏡もないし、適当にかぶっただけで今どんな姿になってるかわからなくて落ち着かない。

 俺が一瞬足を止めて向き直って見せると、ブラッドリーは柔らかく笑って言った。

「大丈夫、似合ってる。お前はいつだって格好いいよ」


 そんな軽い決まり文句みたいに言いやがって。

 そう言い返してやりたかったけど言わなかった。

 You Look Good.

 そう言われるのが嫌なわけがない。もうとっくにばれてるし。


「リモアも冬はまあまあ冷えるけど、やっぱ根本的に違うんだよな」

 ブラッドリーはもう一度歩きだしながら、白い息を吐いてそう言った。

「ああ、そうだな」

 こんな冬は、俺はアナポリスに入るまで知らずに育った。帽子もかぶらずに歩いていると、きんと頭が痛くなるような、張りつめた空気。

 でもこれも、悪くない。

 悪くないけど、でも俺の口は素直じゃないので。

「お前がこないだ来たときに、「どこの山から降りてきたんだ」って感じだった理由がよくわかった」

 こんなにでかいくせに寒がりか? ってさんざん笑ったら、体の大きさは関係ないだろ、って不貞腐れてたんだ。

 その顔まで思い出してちょっと笑ったら、ブラッドリーはあきれ顔で言った。

「標準装備がそもそも違うんだよ。あっちじゃ暑いって気付いてすぐ脱いだだろ」

「そうだけど」

 これだけ気温差があったら、確かに季節が一歩早い感じがするわけだ。

 本当はそう納得してたけど。


 改めて、俺たちを隔てる距離を思う。

 こんなに離れてて、でもお互いに連絡取り合って、行き来して。まったく、昔とは大違いだな、俺たち。

 そう思って、もう一つ思いついて、俺は言った。

「頭は暖かくなったけど手が寒い」

 そう言って、彼のダウンのポケットに片手を突っ込んだら、彼は目を丸くした。

 そして俺も驚いた。大きなポケットの中はびっくりするくらい暖かかったから。

「ポケットじゃなくてこっちがいいだろ」

 ブラッドリーはそう言って俺の手をポケットから引っ張り出して、そして指を絡めてきた。

 俺より二回りくらい大きな手は、いつも少しだけ体温が高い彼の肌の感触そのもので、俺は路上でガタイのいい男二人で手をつないでる、っていう光景になんだか動揺したけれども、でもやっぱり振りほどく気にはならなかったんだ。



https://unsplash.com/ja/%E5%86%99%E7%9C%9F/r0bEch5bMCs

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