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20230318 「Slow Ride」(再録)

  • 執筆者の写真: ろばすけ
    ろばすけ
  • 2023年3月18日
  • 読了時間: 13分

*今回のワンライのお題のもう一つは「名前」だったんですが、彼らの間の名前に関する話として思い出すのがこれだったので、再録。


R18です。




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Slow Ride




「今日という日を迎えた君たちを心から誇りに思う。おめでとう」

 司令長官からの祝辞のあと、フライトスクールの最上級課程の卒業生たちは、それぞれにアビエイターの証である黄金の翼の記章を胸につけられ、正式に配属命令を受けた。

 所属隊はほぼ全員ばらばらだった。ジェイクとブラッドリーの所属は大陸の東と西の端に別れることになった。ざっと3000マイルの距離だ。


 その日の夜は、全員が近くの小さな海辺のバーに集合した。

 ペンサコラを離れ、この基地で訓練を受けた一年余りの間、彼らが通い続けた店だった。どちらも海が近く、一年中暖かく、どこか共通した雰囲気があった。

 その店も何十年も変わっていないような雰囲気があり、週末には小さなステージでバンドが演奏するのはカントリーだ。確かに古くさい雰囲気ではあったが、皆がそこに流れる時間を愛していた。厳しい訓練を忘れられる場所だったからだ。

 だがもちろん、外の「現実」がなくなるわけではない。


「しばらく海ともお別れだね」

 ふいにそう話しかけられてジェイクが振り返ると、隣にいたのはナターシャだった。

 彼もナターシャも、配属されたのはリモア基地所属の飛行隊だった。ロサンゼルスとサンフランシスコの中間のような場所だったが、内陸にあり海からはだいぶ隔てられている。

 どうやらぼんやり夜の真っ暗な海を眺めているとでも思われたらしい、と気づいて、彼は皮肉っぽい表情を浮かべて見せて返した。

「どうかな。すぐに洋上勤務になるかもしれないぜ」

 その言葉にナターシャは笑って頷いたけれども、ジェイクは続けた。

「どうしたんだよ。俺に話しかけて来るなんて珍しいだろ」

 彼らはアナポリスの同期だったが、フライトスクールに入るまでほとんど話したこともない関係だった。

 そしてともに訓練を始めてからは、周囲が呆れるくらいの犬猿の仲だった。

 もちろんその原因はジェイクだった。彼の女性への態度を黙って見過ごすナターシャではなかったので。

 そして今も、少しばかり呆れたような言葉に、彼女は笑って返した。

「やっと離れられるかと思うと嬉しくて」


 ジェイクは不思議な感覚で彼女との、ほとんど初めてと言ってもいいくらいの穏やかな会話をしばらく続けた。

 彼らの言い合いはほとんど「恒例」になっていた。なぜいちいち反発されるのか、最初は驚いたジェイクも、途中からどうやら周囲も自分の態度の方に問題があるとみなしているらしいと気付いたけれど。

 問題はその結果言動を改めたのではなくて、むしろ面白がってネタにしたところにあったのだったが。

 

「なるほど? そりゃそうだろうな」

 ジェイクが笑ってそう返すと、ナターシャは眉をあげてみせて言った。

「初めてそういう素直な言葉を聞いた気がする」

「……そうかもな」

 ジェイクはそう言ってちらりと周囲を見回した。周囲はそれぞれに盛り上がっていて、酒が回っていて、珍しい組み合わせで話している様子に気づいているものはいないようだった。

 そしてナターシャは頷いて皮肉を返した。

「あんたはいっつもそうやって周囲からどう見えるか、ばっかり気にしてる」

「いつも?」

 違う?

 そう胸を張って目線で問い返してきたナターシャの顔を見て、ジェイクは返した。

「……ていうか、俺はただ、格好悪いことはしたくないだけだ」

「でもその「格好悪いこと」は他人が決めんでしょ?」

 その切り返しに、ジェイクはふと動きを止めて彼女をまっすぐに見返した。

「……だって他に何があるよ?」

「私は自分が格好いいか悪いかは自分で判断する」

「? でも俺が判断したら全部「格好いい」ってことになるだろ」

 その言葉に、驚いた顔をするのは今度はナターシャの番だった。

「呆れた」

 そうだこういうやつだった。

 そうはっきり顔に書いてあって、ジェイクはにやりと笑って返した。

「まだわかってなかったのか」

「まさか。とっくに知ってたけど」

 ふたりは笑い、ジェイクは彼女のグラスがもうほとんど空になっていると気づいて、自分の手の中にあったグラスを空にして言った。

「言っとくけど自信「過剰」じゃない。

 まあ、最後に一杯おごるよ」


 ナターシャは「雪が降るかも?」と笑ったけれども、それからふたりはジェイクが運んできた新しいグラスを手に仲間たちの輪の中に戻り、さらにハイペースで飲んだ。

 皆がすっかり酔ってしまったころ、ブラッドリーがピアノの前に座った。

 彼はフライトスクールも後半には、よく皆の前でピアノを弾くようになった。

 長年入れ替わっていない店のジュークボックスの曲は「もうだいたい弾ける」と聞いて、驚いたのはナターシャだった。

『「耳で覚えた」的なあれ?』

『楽譜とか知らないし』

 彼女はその言葉に心から驚いたし呆れたのだったが。

 

「いいかげんレパートリーをもう少し増やせよな。まあこの店でばっかり飲んでたら無理か」

 そのころにはだいぶ呂律が怪しくなっていたジェイクがそう言ったので、ナターシャはそれにも驚いた。彼が、ブラッドリーのレパートリーがどこから来ているのか知っていたのだと気づいたからだ。

 彼女はジェイクを友人だとは思っていなかったけれど、彼が周囲を馬鹿にしているような態度で、その実かなりよく「見て」いるのだと知っていた。

 そして彼の観察眼は主にブラッドリーに向けられていると思ってもいた。彼らは誰の目にも明らかなトップ争いをずっと続けていたので、ライバルとして当然だったのかもしれなかったが。


「もう聞けなくなるのは残念だね。たまにはオセアナに行く機会があるといいけど」

「どうせあちこちで会うだろ」

 ジェイクはそう、いかにもどうでもいいという調子で返したけれども、ナターシャは頷かなかった。

「艦上とかで一緒になってもピアノは聞けないでしょ」

「あいつじゃなくてピアノが目当てか」

 わざとらしい「あきれ顔」を向けられてナターシャは笑ったけれども、そのあとの彼の行動は少し意外なものだった。

 ちょうどブラッドリーが弾いていた曲が変わったタイミングだった。ジェイクはするりと人の間を抜けて彼の隣に立ったのだった。

 持っていたグラスをピアノの上に置き、かがみこんで弾いている男の横顔を見て、彼は言った。

「これ、おまえのテーマソングにしたら? 」

 ブラッドリーは手を止めないままちらりと顔を彼の方に向けて問い返した。

「? なんで」

 どうやらかなり酔っているのはブラッドリーも同じだった。もともと少し下がっている目尻がさらに眠そうに見える。

「だっておまえのことだろ。のんびり屋」

 ジェイクの答えはそんなものだったけれど、ブラッドリーはちらりと笑い、それから言い返した。

「そうじゃなくて、おまえの願望だろ?」

 彼らが間近に見つめ合っていたのはほんの短い間だった。ブラッドリーはすぐにアップテンポな別の曲を弾き始め、周囲が歌いだし、会話はうやむやになった。

 ナターシャはちらりと引っかかった気がして隣にいた仲間に聞いた。

「さっきのなんて曲?」

 この店で何度も聞いていたがタイトルまでは知らなかった曲を、少し年かさの相手はさらりと答えた。

「スロウ・ライド」

 だが彼らの会話の「意味」までは、結局誰も教えてくれなかったのだ。





 その夜、深夜を過ぎてようやく皆が店を後にしたとき、ブラッドリーは自分の部屋に戻らなかった。


「……、おま、いいかげんに」

 背後からのしかかられたジェイクは、そう重いため息とともに言って、自分を抱きかかえている太い腕を掴んで引き離そうとした。

 抗議する声は震えていて、たっぷりのアルコールを含んだ呼気は、重い泥のような快感に足を取られて途切れがちになっていた。

 体を横倒しにした彼の片脚は、背後の男の、片膝を立てた太腿に押し広げられていて、ふたりの体はもうずいぶんと長くつながり合ったままだ。

 体の奥を明け渡して、太い熱いものを埋め込まれたまま、じわじわと蹂躙されるのに耐える時間。

 それは普段なら、嵐のような欲情と快感に振り回されて、押し殺そうとしてしきれない声と、ベッドがきしむ激しい音と、時には体のどこかに痣や噛み跡が残るようなひとときの激情として過ぎていくものだった。

 ふたりとも若く、最初から欲望に忠実な関係だった。一晩中繰り返したことはあっても、だらだらと長引かせたりはしなかった。

 なのに。



「……酔っててイケないなら無理すんな、もう」

 じわじわ焙られているような感覚に耐えられなくなって、ジェイクはそう繰り返した。

 本当はそんな理由ではないとわかっていたが、ブラッドリーの意図を知るのは怖い気がした。そして、なぜ自分がそれを怖がっているのか考えるのは、もっと怖かった。

 二年あまり向き合うのを避けてきたのだ、おそらく「最後」の今になって直視したくない。

 そんな本能的な怖れが彼を苛んでいた。

 だが腕の中を抜け出そうとするジェイクの腰を改めて引き寄せ、上がったうめき声に薄く笑いながら、ブラッドリーは言った。

「違うよ馬鹿」

 笑っているふりで、ブラッドリーは自分が強く眉をひそめていると自覚していた。幸いジェイクには見えないはずだ、ということも。

「おまえが「テーマソングにしたら? 」って言ったんだろ」

「?」

「スロウ・ライド」

 曲名を、ブラッドリーは彼の耳に舌を這わせながら囁いた。

「、」

 のしかかった重みと、その勢いでじわりと奥を突いた感触と、耳元にふいに触れた柔らかく濡れた舌がもたらした、背筋が反り返るような感覚と。

 まとめては受け止めきれず、ジェイクは呻いて、胴に回された腕に爪を立てたが、相手は動じず、囁き声は続いた。

「ゆっくりヤろうぜ」

「、っ、あ」

 じわじわと内側を撫でられて、ジェイクは自分の体がそこを締めあげてしまうのをどうしようもなく、途端に耳元の吐息が笑うのを感じ取ってさらに体をすくませた。

「、そんなにねだるなよ」

 その声とともに、根元まで押し込まれたものがゆっくりといやらしく回されて、ジェイクはもどかしさにかぶりを振った。

 自ら腰を引こうとするが、しっかりと腰を掴んだ大きな手に阻まれる。焦れた彼は今度は自分の手を自分自身に伸ばしたけれども、それも体重をかけてのしかかってきた重い身体に阻まれて、低いうめき声をあげた。

「、」

「いきたい?」

 そうまっすぐ問いかけられ、ジェイクは彼の意図を感じ取って屈辱感に震えた。

「、付き合いきれない。どけよ」

「言って」

 ブラッドリーはそう言って、とうとううつぶせに組み伏せた体を押さえ込んだまま、自分の腰をゆっくりと引いた。

 埋め込まれたものが抜き出されていく感覚にジェイクは震えたけれども、同時に自分が、反り返って泣いているものをあられもなくシーツにこすりつけるような動きをしそうになっていると気づいて唇を嚙んだ。



 最初の頃、ブラッドリーは言った。

『おまえみたいなタイプ、むしろ押し倒「される」方が興奮するのかもな』

 それはその時のジェイクにとっては衝撃的な言葉だった。心から否定したいのに、同時にあまりにもしっくりと、彼との初めての経験に対して自分が感じた興奮が説明された気がしたからだった。

 認めたくないのに腑に落ちる。それを実感してしまったのはジェイクにとっては屈辱だったが、実際のところ、ブラッドリーはそれ以降そんな指摘をしたことはなかった。

 後ろを使うセックスを初めてした時にも、むしろ慎重だったのはブラッドリーの方だった。

 一方でお互いだけが唯一の相手ではなく、深みにはまるのを怖がっていた。

 それも、お互いに。


「、ブラッドリー、」

 とうとう、絞り出すような声でそうジェイクが言ったとき、ブラッドリーは息をのんだ。

 彼らはフライトライセンスを取ってからはコールサインで、それまでは頑なにファミリーネームでしか呼び合っていなかった。

 唐突なファーストネーム呼びが思いがけない威力を持つと実感して、ブラッドリーは唇を噛みしめてひと息に一番奥まで自身を収め直した。

「っ、は」

 衝撃に震えた体の内部がまるで食い締めるように応えたのをありありと感じて、彼は堪えながら続けた。

「言え、って」

 そう言って、シーツの上で動こうとする腰を押さえつけて、じりじりと体を引くと、ジェイクは大きく息をついてそして荒い吐息混じりで吐き捨てるように言った。

「さっさとしろ。もう、いかせろよ!」

 切羽詰まった声を耳にして、ブラッドリーは彼の腰を掴みなおして引き寄せ、息をのんだ体を一息に突いた。

「ああっ!」

 あふれてきた嬌声に頭を焼かれ、彼はもう抑えずにリズミカルに動き始めた。

 呼吸を確保しようとシーツの上で横を向いたジェイクの顔が真っ赤に染まり、どこかうつろな目でくしゃくしゃになったシーツを見ているのが目に入った。

 彼の両手が自身の勃起に伸ばされ、ブラッドリーの動きに合わせてそこを扱いているのが見なくてもわかった。

 ベッドがきしむ音と二人分の激しい呼吸と、肉がぶつかり合う濡れた音が奇妙に響きあっていた。

 ブラッドリーの呼吸も乱れていた。もはや何の配慮もなく一番奥まで突きあげ、熱く絡みつかれ、絞り上げられる感覚に酔っていた。

 彼は背中を丸めてジェイクの首筋に顔をうずめ、汗の匂いをかぎ、誘われている錯覚に陥って歯を立てた。

 そしてすべてが混じり合った絶頂の手前で、ずっと呼ばずにいた名前が口からこぼれ出るのを自分に許した。

「、ジェイク……」

「、ああっ!」

 ジェイクが震えて声をあげ、絶頂と共に震えたのは、その直後だった。

 飲み込まれるようにしてブラッドリーが果てたのも。



 翌朝、目を覚ました時ジェイクは独りだった。つまり「いつもの通り」か、と彼は思い、そしてそのまま頭を枕につけ直した。

 その日、彼は普段の規則正しい生活習慣を捨てて、ずいぶん遅くまでベッドから出なかった。





 配属された基地ではようやく念願の、F18での飛行訓練が待っていた。「フライトスクールをトップで卒業した新人」は、手ぐすね引いて待っていたアビエイターたちの期待を裏切らなかった。

 ジェイクはすぐに基地の空気と、先輩たちが行きつけにしているバーの空気に慣れた。

 たくさんの新しい出会いがあって、そのうちの一つは美しい女性との特別な関係に発展し、彼はそれに心から満足していた。

 彼を不安にさせる中途半端な、名前のない、あいまいな関係は存在していなくて、すべてが明確だった。

 これが本来の自分だ、とジェイクは心から思った。

 けれど。


 ジェイクが次に「スロウ・ライド」を聞いたのは、配属から半年ほど経ったころだった。

 その日彼は手に入れたばかりの「恋人」を助手席に乗せ、ロサンゼルスまでのドライブを楽しんでいた。

 休日を海辺のホテルで過ごそうと約束していて、いいレストランに予約も取っていた。

 特別な休日になるはずだったのに、少しだけ水を差したのは、彼女が気まぐれを起こして付けたカーラジオから流れてきた音楽だった。


 Slow ride, take it easy

 Slow ride, take it easy


 それは彼にとっては完全に「奇襲」だった。ほんの一フレーズの音楽が、一瞬で呼び起こした感覚の大きさに圧倒された。

 古いバーのピアノの音。

 背中を丸めて弾いていた男の横顔。

 いつまでも体の奥で蠢いていて、神経を焼き切ろうとしていたのか、あるいは何かそこに消えない跡を残そうとしていたのか、どちらにしても怖ろしくて、それでも逃げられなかった夜の、背中が反り返るような強烈な快感の記憶と。


 明確な別れの言葉ひとつない、曖昧な関係の終わり。


「吹き飛ばされた」気がして、彼はとっさに手を伸ばしてラジオのスイッチを切った。

「どうしたの?」

 彼女は目を丸くしてジェイクの顔を見た。高慢なところはあるがいつもにこやかな男だと思っていた相手が無言でした行動には、ひどく不穏な空気がこもっていた。

 けれどジェイクがちらりと彼女によこした視線は、かろうじて笑っていると受け止められるものだった。


「ごめん。でも。……昼間っから女の子に聞かせる曲じゃないだろ」

 とっさに出た言葉はそんな内容だった。彼は自分でもあんまりだと思ったが、言われたガールフレンドは「女の子」扱いされて怒るタイプではなかった。

「そんなの気にするんだ?」

 彼女はそう言って軽く笑い、グローブボックスの中に入っていたCDを物色し始めたので、ジェイクはそっとため息をついた。


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