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20230217「手紙」「距離」#RHドロライ

  • 執筆者の写真: ろばすけ
    ろばすけ
  • 2023年2月17日
  • 読了時間: 6分

更新日:2023年2月18日

「手紙?」

 あまりにも驚いて変な声が出てたかもしれない。いや、だって。

 でもジェイクはちらっと笑って眉をあげて見せた。お得意の表情だ。

「いや、全然ハガキでいいけど」

 いや、手紙かハガキか、とかそういう問題じゃなくて。

「……物理で?」

 俺は改めてそう問い返し、そうしたら彼は言ったわけだ。

「無理にとは言わないよ。おまえがどうしてほしい? って言うから思いついただけ」

 でも、そう言われたら頷いて返さないわけにいかない。

 だから俺は言った。

「わかった。書くよ」って。



 ずっと一緒にいよう。

 そう言いあって、俺たちは結婚した。

 けどまあ、やっぱりそうもいかない事情ってものも出てくる。

 ジェイクがしばらくの間極東の基地で勤務することになった。

 数年単位の話なら、俺も行くことにしただろう。でもそれは実際半年ほどっていう微妙な長さで、俺の方も退役して始めた民間の航空会社での仕事で、昇格が決まったところだった。

『無理することはない』

 ジェイクはそうあっさり言った。おまえは寂しくないのかよ? なんて子どもっぽい台詞を口にしそうになったくらいには、本当に軽く。

 でももちろん、それは彼らしい虚勢というか、俺に対する気づかいみたいなものだった。

 だからしばらくの別れを前に、荷造りをしているジェイクを見守りながら俺は聞いた。

『俺ができることってなにかな?』

 今の関係を崩したくなかった。時間もだけど、物理的な距離が怖かった。一緒に暮らした時期を経たあとだと、なにかが変わってしまうような気がしたんだ。

 でもジェイクの返事は本当に意外だった。

『手紙をくれよ。俺も書くから。……もちろん電話もするけど、それとは別に』



 そうして俺たちの「文通」が始まった。

 最初に受け取ったのは俺。古い寺の写真の絵葉書だった。

『ものすごく蒸し暑い。外を歩いてると溶けそうだ』

 文章はそれだけだった。でも性格がそのまま表れたような几帳面な文字を見て、俺はちょっと笑った。

 暑いのがちょっと苦手だってことは知ってた。こっちのからっとした暑さならともかく、蒸し暑いならなおさらだろう。でもよく考えると、それ以上に彼の手書きの文字が珍しく思えた。だっていまどき、手紙のやり取りなんてしないし、書類も手書きじゃない。

 残念ながら俺はいつも通りの暮らしを続けていたので、エキゾチックな観光地の絵葉書を送ったりはできなかったけど、ギフトショップでものすごく可愛い犬の写真が入ったカードを買った。

『一人じゃ寂しいし、誰も起こしてくれないから、犬でも飼い始めようかな』

 半分冗談、半分本気だった。

 でも返ってきたのは美しい猫が描かれたイラストのポストカードだった。

『こっちの基地にはいつの間にか居ついてみんなに可愛がられてる野良猫がいるんだ。写真はなかなか撮らせてくれないから、この子じゃないけど』


 観光地の絵葉書だったり、行きつけになってるっていう基地から近い店のカードだったり。

 届くのは毎回ばらばらだったけど、なんとなくジェイクの暮らしぶりがわかるようなものだった。

 俺は届いたものをぜんぶ冷蔵庫のドアに貼り付けていった。

 前に何かのメモを冷蔵庫に貼ったらジェイクに「今どきそういうことするやついるんだな」的な呆れられ方をしたから、一緒に暮らしてる間はできなかったけど、今は一人だから貼り付け放題だ。

 だから俺は受け取ったハガキをどう保管してるかについては話していなかった。

 そうなんだ。言ってなかった。

 けど。



『それで、俺が送ったハガキはどうしてるんだ?』

 ようやく半分ほどの期間が過ぎたころだった。

 もちろん俺たちは郵便でしかコミュニケーションを取ってなかったわけもなく、お互いの時差を考えながら通話もしょっちゅうしてたわけで。

 突然そう聞かれて、俺はちょっと言葉に詰まったものの、どうにか言った。

「もちろん、全部大事に取ってあるよ」

『冷蔵庫のドアに貼ってあったりして?』

 なんでわかる!?

 そう言いそうになったのをどうにか飲み込んだのは、もちろんジェイクにはばれてたに違いなかった。

 彼はおかしそうに笑って言った。

『帰ったら部屋の様子が変わってそうだな』と。


 そうして若干の延長も含めて結局7ヶ月の赴任期間の終わり。

 翌日にはいよいよ、ジェイクが向こうを発つ。

 そんな日の、つまり最後の通話の最中だった。

『仮暮らしだからできるだけものを増やさないようにしてたのに』と、行った時より確実に増えた荷造りについて話していたジェイクはふと、笑って俺を見て言った。

『全部片づける前に見せたいものがあるんだけど』と。

「? 部屋?」

『うん、まあ。ちょっと付き合えよ。寝室なんだ』

 そう言ったジェイクは、カメラをオンにしたままセルを持って移動し始めた。

 何度かカメラ越しに見たことがある、彼が半年余り暮らした宿舎は簡素な作りで、もうすっかり片付いているように見えた。けど。

「!!」


 俺は思わず息をのんだ。

 寝室のベッドが置かれている壁にはひもが渡してあって、そこにピンチでたくさんのポストカードがぶら下げられていた。そして、それはもちろん全部、俺が送ったものだった。

「……飾ってた?」

 あんまり驚いて、俺の声はちょっとおかしな感じになってたかもしれない。そのまま伝わったに違いなく、ジェイクはまた笑った。

『うん』

「なんで見せてくれなかったんだよ」

『……冷蔵庫に貼ってたおまえを笑ったから』

 本当に意地っ張りだな。

 俺はちょっと呆れたけどあえて軽く返した。

「そうか俺の真似か」

 そう言いながら、俺も歩きだしていた。俺が座っていたリビングのソファからキッチンはほんの数歩の距離だ。

「おまえが送ってくれたハガキは、今こんな感じ」

 カメラを向けると、大きな冷蔵庫のドアはカラフルなデザインで埋め尽くされていた。

 写真の方を表にして貼ってあるけど、どんなメッセージが書いてあったかは全部覚えてる。何度も読んだからだ。

 そしたら、電話の向こうで、ジェイクがため息みたいな笑い声をあげたのが聞こえた。

『……きっとこうなってると思ってた』

「だろ?」

『……ほんとは憧れてたんだよな。おまえの子供の頃の写真見て』

「ん?」

 予想外の言葉を聞いた気がして、俺は思わず問い返した。

「写真?」

『おまえのアルバム見てた時、リビングにハガキを飾ってるコーナーがあった、んだろ? 言ってたじゃないか「まめにハガキが届くから、キャロルが全部飾ってたんだ」って』


 言われて初めて、そんな会話をしたことを思いだした。

 引っ越しの準備をしていた時、ジェイクは物置みたいになってた俺の実家に来た。

 プロポーズをして、ジェイクがYESって言ってくれて、それでそこに残されていた古いものをたくさん一緒に見た。もちろんアルバムも。両親の子供の頃のから順番に。

 子供だった俺の「背景」みたいにして映ってたのは、父さんがあちこち赴任したり寄港したりした時に送ってきた絵ハガキだった。もちろん今も取ってある。わりと大きな箱にいっぱい詰まって屋根裏に置いてあるけど。

 

「……なんだよ。そういうことは先に言えよ」

 言葉は呆れたようなものになったけど、ちょっと笑いだしたいような、うっかりしたら泣いちゃいそうな、そんな不思議な気分だった。

 そしたらジェイクは言った。

『このまま持って帰って、俺が送ったのとおまえがくれたのと、両方飾ろうか』

 ごちゃごちゃした部屋は大嫌いなはずのジェイク・セレシンの台詞とは思えなかった。だからこそなおさら嬉しくて、俺は頷いて言った。

「そうしよう」




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