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20230126「マルセイユ」#RH

  • 執筆者の写真: ろばすけ
    ろばすけ
  • 2023年1月26日
  • 読了時間: 3分


『今、マルセイユだ』

 家で分厚いマニュアルを読んでいる時間だった。

 ふいに入ってきたそんなメッセージのすぐ後に、まぶしいくらいの青空と、教会らしい古い美しい建物が映っている写真が送られてきた。

 もちろんジェイクからだ。

 数ヶ月の海上勤務の間、連絡は途絶えがちになる。それは当然だ。でも巨大な空母も、どこにも寄港せずずっと海の上にいるってわけじゃない。

 思わず顔が笑ってしまうのを感じながら、俺はすぐに電話を掛けた。

「昼間だな。今大丈夫か?」

『ああ。そっちは何してた?』

「お勉強中」

 笑い声と一緒に、「そうか、がんばれよ」って答えが返ってきた。同時に彼の周囲のざわめきも耳に入り、俺は彼が仲間と一緒にいるんだろうと気づいた。

「食事中か。ごめん」

『いや、大丈夫。もう食ったんだけど、あんまり気持ちいいからみんなだらだらしてた』

「どこにいるんだよ。見せて」

 ねだったらすぐにカメラが入って、小さな端末の画面に、レストランのテラス席らしき様子が映った。

 ジェイクはカメラを持って立ち上がったんだろう。画面の映像がゆっくりと動き、たくさんの、まぶしいような光の下で食事をしている人たちが映った。

 そして彼はそのままテラスの端まで行って、オレンジ色の屋根が連なるいかにも南仏っぽい街並みと、びっしりとヨットが停泊した港の向こう、高い丘の上に教会の建物が見える景色を映し出した。

 俺はすぐにその遠くに見える教会が、最初に送られてきた写真に映っていたものだと気づいた。なんとかっていう有名な教会。俺も初めてマルセイユに行ったとき、仲間と観光に行ったことがある。たぶん。

 でも。

「俺が見たいのは景色じゃないんだけど」

『料理はもう食べちゃったよ』

「料理でもないよ。わかってるだろ」

 わざわざ見当違いな答えをよこして笑っているジェイクに、意地が悪いな、という意図を込めて返したら、彼はようやくカメラを切り替えた。

 テラスの端、小さな照明がたくさんつけられていてきっと夜は光るんだろう手すりに寄り掛かって、ジェイクが笑っていた。

『そっちのカメラはオフのままか?』

 そう問われて、俺は自分が何もしてなかったことに気づいて慌ててカメラを入れた。

「残念ながら、背景はうちのリビングで変わり映えしないけど」

 俺はそう言ってみせた。ふたりで暮らすために用意した部屋は、ひとりだと妙に広く感じる。

 そんなことは言わないようにしていたけど、うらやましいような景色のただなかにいるっていうのに、彼はため息をついて返してきた。

『……見ると帰りたくなるな』

 それを聞いて、俺は思わず笑った。


 もちろん会いたい。まだひと月以上帰ってこないってわかってるからなおさら。

 でも同時に、「帰りたい」って言ってる場所が今自分がいる家だってことがなんだかまだくすぐったく思えるし、やっぱり嬉しくもある。

「そっちは暖かそうでいいな。でも牡蠣には気をつけろよ?」

 映像に映っていた、他の客たちのテーブルにはだいたいシーフードが山盛りになっていた。きっと彼らも食べたに違いない。牡蠣はジェイクの大好物だし。

 だからあえて言った言葉に、ジェイクは呆れた顔で笑った。

『おまえがトゥーロンでひどい目に遭ったって話はもう聞き飽きたよ。それにもう食い終わった。いまさら気をつけようがない』

 一度当たってひどい目に遭ってから、俺は二度と牡蠣だけは食べないと心に決めていた。確かに何度も、その話はしたかもしれない。シーフードレストランに行くたびに。

 その時、誰かの声が彼のコールサインを呼んだのが聞こえた。

「もう一度できなくて残念だ」

 俺がそう言ったら、ジェイクはなんだか甘ったるいような声で言った。まあそう聞こえたのは、単に俺の希望に過ぎないかもしれないけど。

『また、帰ったらな』

 その言葉に、俺は笑って頷いて返した。




(ディヴォーションのつもりで始めたけどまったく違うものになった。それにあれはカンヌ

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