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20230127「勘違い」#RHドロライ

  • 執筆者の写真: ろばすけ
    ろばすけ
  • 2023年1月27日
  • 読了時間: 9分

「まだ」付き合ってないふたり



『六月の最初の週に休暇を取ろうかと思ってるんだけど、予定は?』

 ある日ハングマンから送られてきたのはそんなテキストだった。

 ずいぶん先の話だったから少し驚いたけど、俺は「俺はその週から海上勤務だ」と返さざるを得なかった。

『そうか。わかった』

 すぐに返ってきた答えもものすごく簡潔だった。

 定期的に数ヶ月、海の上で過ごすことになるのは、この仕事をしている以上避けられないことだ。もちろんハングマンはよくわかっている。

 俺が話の腰を折ったことになったのは間違いないけど、なんとなく聞き返した。

「どんなプランだった?」

『別に。なにか具体的に考えてたわけじゃない』

「そうか」

 話はそこで終わりだった。

 たまに休暇のタイミングが合ったり、仕事で一緒になることがあれば時間を調整する。合わなければそれまで。

 俺たちがテキストのやり取りをするのはそんなときだけだった。目的はセックスだけだったから。


 そして実際に6月になるころには、俺はそんなやり取りをしたこともすっかり忘れていたんだ。



 今回の海上勤務はパールハーバーからの予定だった。隊ごと軍用機で移動し、停泊中の空母に乗艦する前に短い休暇が認められた。

 ホノルルにはよく知っている店がいくつもある。俺は仲間といるよりはそのうちのどれかに顔を出して、セックスどころか酒も飲めなくなる数ヶ月の前の時間を、適当に(たぶんだらしなく)過ごそうと思っていた、んだけど。


「では二日後の午前8時にここに再集合のこと」

 解散の声が掛かって基地を後にしようとしていたところで、仲間の一人に呼び止められた。

「ルースター。ファレル、って知ってるよな? 赤毛の、すごい細いやつ」

「? リモアにいる?」

 その形容詞で思い浮かんだのは、フライトスクールで一緒だった男の顔だった。戦闘機ではなく、輸送機のパイロットをしているやつだ。

「そう。あいつ昨日結婚式だったらしいぞ。しかもホノルルで」

「へえ。昨日?」

 俺は彼とはそれほど親しくなく、今どこの所属なのか知っていたのも、ハングマンの話に何度か出てきたからだった。でもあまりの偶然に驚いた。

「今日だったら俺たちもパーティーに混ざれたかもしれないのに」

 そう言った同僚がすごく残念そうな顔をして見せたから、俺は返した。

「呼ばれてもないのに?」

「でも顔見知りばっかりだぜ」

 彼がそう言ったのにはちゃんと根拠があった。

「見ろよこれ」

 見せられたセルフォンに表示されていたのは、誰かがSNSにあげた昨日のパーティーの写真だった。

 次々スクロールされていく写真にはどれも知ってる顔が混じっていて、客の大半が軍人だとわかる。それ自体はよくあることだったが、俺はすぐに息をのんだ。

「……これ、ほんとに昨日のか?」

「ああ。モアナ・サーフライダー。豪勢だな」

 俺は思わず彼の手からセルフォンをもぎ取って、写真を数枚戻した。

 そして表示されたのは、仲間と肩を組んで笑っているハングマンが真ん中にいる写真だった。


『六月の最初の週に休暇を取ろうかと思ってるんだけど』

 彼からテキストが来てから二ヶ月経っていた。その時はずいぶん早いタイミングで連絡をよこすなと思ったけど、結婚式の招待状なら数ヶ月前に届くのが普通だ。ましてやホノルルでの式なら。

 式に合わせて休暇を取ることにして、それで俺に連絡くれたのか?

『別に。なにか具体的に考えてたわけじゃない』

 それならそうと言えよ。

 そう舌打ちしそうになって、それからさっさと「その週から海上勤務だ」って返したのは俺の方だと気づいた。


「式に合わせて休暇取ったやつらが、まだ何人か残ってるからこのあと飲もうってさ。

 おまえも来るよな?」

 そう問われて、俺は一も二もなく頷いた。予定変更だ。


 同じ隊の数人でワイキキに移動して、結婚式があったホテルのバーに行くと、確かに見知った顔がいくつも見えた。

「よう、久しぶりだな!」

「乗艦前だっていうのにこんなとこにいていいのか?」

 遠慮のない声が掛かり、久しぶりの再会の挨拶が交わされたけれど、俺はただきょろきょろしていた。期待していた顔がなかったからだ。

「ハングマンも来てるんじゃないのか?」

「ああ、あいつは今日の深夜便で帰るって……」

「はあ?」

 思わず大きな声が出て、慌てて取り繕うはめになった。

「ってまだ早いじゃないか」

「「おまえらと飲んでたら遅れそうだし早めに空港に行く」って。あいつはいつも正しいよ」

 そう言って苦笑いした連中の顔を確かめて、俺は思わず言っていた。

「じゃあまだこのホテルにいる?」

「さあ? そこまでは聞いてない」

 俺は、顔を見合わせた連中を置いて、その場を離れた。

 歩きながらの電話はすぐつながった。

『ルースター? どうしたんだ珍しい』

 俺から電話を掛けることなんかめったにない。それは本当だった。

 聞こえてきたのははっきりと驚いた声だったけど、そんなことには構ってられず、俺は広いロビーを横切りエレベーターを探しながら言った。

「今、まだモアナ・サーフライダーにいる?」

『? なんでそれ』

「何号室だ?」

『……何言ってんだよ?』

「今、ロビーにいるんだ」

 絶句した気配がそのまま伝わってきたけど、俺はもう一度言った。もう目の前にエレベーターがあった。

「何号室だ?」

『……もうタクシーだよ。空港に向かってる』


 俺はそのまま踵を返して、自分もタクシーに飛び乗った。

 電話は繋げたままだった。何度か『ルースター? 説明しろ』って声を聞き流したけど、俺が運転手に「空港まで」って伝えたとたんに、向こうから焦ったような声が聞こえた。

『なにやってんだ。来てどうするんだよ?』

「……さあ。飯食うくらいの時間はあるだろ?」

 俺は自分が何も考えずに行動していたことに改めて気づかされたけど、とりあえずそう返し、ハングマンははっきりと困惑した声で答えた。

『そりゃあ、あるけど』

「航空会社は? 着いたらどこに行けばいいかテキストしてくれ」



 そうして空港に着いた俺は、航空会社のカウンターが並んだ奥にあるカフェの片隅で、ハングマンの姿を見つけた。

 すでに荷物は預けたあとなのか、小さな鞄一つの身軽な姿で、テーブルにはバドワイザーのボトルが置かれていた。

「ほんとにいた」

 ゲート通らないで待っててくれ、って自分で言ったくせに、目の前に彼の姿があるのが不思議な気がして、俺はそう言っていた。

「それは俺の台詞だよ。海上勤務って、パールハーバーからだったのか」

 俺は頷いて、そして促されるまま、彼と向き合って座った。

「今日こっちに着いたとこだったんだ。明後日の朝乗艦するんだけど」

「別のやつから「ブラッドショーが消えた。おまえはどこにいるんだ?」って連絡きたよ。ファレルの結婚式の写真見たんだな?」

「そういうこと」

 先に着いて俺を待っていた間に、ハングマンはだいたいの事情を把握してくれていた。

 でも、落ち着いた表情で俺を見ている目はまだもの問いたげだった。

「事情は分かったけど、追いかけてくる必要あったか?」

 必要?

 そう言われると、「ない」としか答えようがなかった。実際は。

 でも。

「こんな偶然なかなかないだろ。すれ違うかと思ったけど、ぎりぎり間に合ったんだから付き合えよ」

 俺の一瞬の躊躇を読み取ったらしい彼は、そう言って皮肉っぽく笑った。

「トイレで、なんて言い出したら殴るからな」

 !

 俺は息をのみ、それから言った。

「ヤるために追いかけてきたわけじゃない」

「じゃあ何しに来たんだよ」

 呆れたような問いかけは、俺にまっすぐ刺さった。


 本当は近くにいると知ったら、そのまますれ違いたくなかった。顔だけでも見たいって強烈に思った。

 でも、それを言葉にするのはすごく難しいことに思えた。

 自分自身で一番驚いていたからだ。

 俺たちは「そういうんじゃない」はずだったのに。


 ハングマンのことはずっと前から知ってる。でも始まりは偶然だった。ふたりともめちゃくちゃに酔っぱらってた時、お互い男とも寝た経験があると知ったんだ。

『ちょうどいい。試してみるか?』

 そう面白がってるような顔で囁いてきたのはハングマンのほうで、俺は次の瞬間にはキスしていた。

 その晩はもうめちゃくちゃにやって、そのままベッドをぐちゃぐちゃにしたまま眠って。

 でも翌朝起きたら彼はいなかった。

『また気が向いたらやろう』

 そんなメモが置いてあった。

 なんだよそれ。

 そう思ったけど、でも普段はお互い遠く離れてるし、ちゃんと付き合う、みたいなことを想像できなかった。だいたい、俺はそういう関係を築けた試しがなかった。

 それに偶然知り合った相手となら、付き合おうとして失敗したとしても、それはそのうち忘れられる。もう会うこともなければ。

 でもアビエイターの世界は狭い。この先ずっとハングマンと会う機会がないとは考えにくい。どちらかが退役でもしない限り一緒に仕事をする機会はまたくる。そして少なくとも俺たちはどっちも、早々に空から降りる結論を出すようなタイプじゃない。


『また気が向いたらやろう』

 置かれていたメモは、ハングマンもそんな関係を望んでいるのだろうと思わせるものだった。

 ちょうどいいじゃないか。

 俺はそう思うことにした。

 体の相性はすごくよく、お互いの仕事の事情はこれ以上ないくらいよくわかってる。

 どうしようもなく遠い距離があるぶん、お互いに拘束のしようもない。

 やりたい時だけ、都合があう時だけ会って、またそのうち、って言って別れる。きっとそれが一番いい。

 そう思って、繰り返してきた。

 けど。


「これ以上すれ違いたくないと思ったんだよ。ぎりぎり間に合わせられるなら、顔が見たかった」

 俺は自分でも驚くくらい真剣にそう言った。

 唐突に聞こえたに違いなく、ハングマンは目を丸くして俺を見た。


「いつも「正しい」セレシン中尉殿」

 仲間内の決まり文句みたいなものがあった。半分からかうような調子でそう言うんだ。

 なにより仕事優先みたいな生真面目さと、臆せず正論を返すみたいなところがあるやつだから。そしてそれが時には強烈な攻撃にもなりえて、嫌ってるやつもいたから。

 そしてそんな男に「また気が向いたら」って繰り返されたら、なんだかそうするのが当然みたいに思えてもいた。

 確かにそのほうが気楽でいい。「続ける」努力はしなくていいって、最初から免除されてるようなものだから。

 けど。


「ただ顔が見たかったって理由で来ちゃだめか? 迷惑だって言うなら帰るけど」

 そうまっすぐ聞いたら、彼はなにか問うような、すごく雄弁な目で俺を見た。

 それはどういう意味なんだ?

 そう無言で問われて、俺は大きく一つ息をついて、そして言った。

「おまえがここにいたって知らないままでいたかもしれないと思ったら、すごく嫌だと思ったんだよ。知っても会えなかったかもしれないけど、知ってたらもっとちゃんと一緒に過ごせてたかもしれないだろ?」

「……常にどこにいるか連絡しろって話?」

 眉を寄せてそう問い返されて、俺は首を振った。

「そうじゃなくて。……俺たち、ちゃんと付き合うことにしない?」

 とうとう言った。思わず、って感じのため息が出たけど、彼も同時に、座っていたソファの背もたれにどさりと体を預けて大きく息をついた。

「何言って……。俺は今から帰るし、おまえは数ヶ月連絡も取れなくなるんだろ?」

「そう、だな。……だから、答えはゆっくり考えてくれたらいいよ」

 確かに、タイミングは最悪だ。

 俺はちょっと笑いだしそうになった。そこそこ長いこと中途半端な関係でいたくせに、なにも今じゃなくてもよかったはずなのに、と。

 でもまあ仕方ない。勢いというのも時には重要だ。


 そしたらその時、ハングマンは思いがけないことをした。

「立てよ」

 気づいたら彼は俺の目の前に立って、右手を差し出していた。

「?」

 俺が半信半疑で、それでも同じように手を差し出すと、彼はそれをがっしり掴んで引き上げてきた。

 俺は驚きながらも立ち上がり、間近に彼と向き合うことになった。

「それでどうする? あと2時間で搭乗時間だけど?」

 そう言って笑った顔は完全に「煽ってる」顔で。

『トイレで、なんて言い出したら殴るからな』って言ったのはおまえだろうが。

 そう思ったけど、口を開いて出てきたのは違う台詞だった。

「答えはイエス、てこと?」

 でもそれに、彼はまた笑った。

「ほんとにわからないのかよ?」と。


 それで俺たちは、「空港のトイレ」よりはましな場所を探すことにした。

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