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20230201「日焼け」#RH

  • 執筆者の写真: ろばすけ
    ろばすけ
  • 2023年2月1日
  • 読了時間: 3分

この間の「マルセイユ」の続き的な



「日焼けした?」

『ああ、わかるか? ちょっと痛い』

 半信半疑で聞いたら、ジェイクはそう言ってちょっと笑って、自分の頬に手を当てて見せた。

 

 乗艦前に連絡する。

 そう言われていたけど、ちょうど俺が寝る前にコールがきた。今ジェイクはフランスにいて、向こうは朝だ。

 カメラをつなぐと彼はもうきっちりサービスカーキに身を包んでいたけれども、顔が赤いっていうのはすぐにわかった。

「珍しいな。ビーチにでも行ったのか?」

『ビーチじゃないんだ』

 彼はそう言ってちょっと困ったように笑った。

『マルセイユは岩場ばっかりで。でも観光船が出てて、みんな乗るっていうから』

「海上任務の合間にわざわざ船?」

 思わず呆れた声を上げたら彼は笑って返してきた。

『みんな昼にワインを飲んだから、気まぐれ起こして。でもいい景色だった』

 その照れたような笑みを見た俺の顔は、はっきり変わっていたはずだ。

『なんだよ。そんな観光客っぽいことするなって?』

 すかさすそう返されて、俺は返事に困った。

「いや。そういうんじゃないけど……」


 最近のハングマンは「ずいぶん角が取れた」ってみんな言ってるよ。


 最近、彼の親友であるコヨーテがなにげなく、全く他意なく話していた言葉を、俺は思い出していた。

 完璧主義者で自分にも他人にも厳しく、たまの休暇も上官のお供をしていたりトレーニングに費やしていたりした「ハングマン」は、完全に消えてはいないものの、このところだいぶなりを潜めているらしい。

 もちろん、それはいいことに決まっていた。

 それに南仏に寄港して休暇、なんてことになったらとことん飲んでバカをやるか、日焼けして艦に戻るのも当たり前のことだ。他の連中なら。

 けど。


『乗ってるうちにうっかり寝ちまって、気づいたらすごい焼けてたんだ。我ながら不覚だ』

 そう言って照れたように笑ったジェイクの顔は、はっきりと赤くなっているせいもあってなんだかすごく可愛く見え、俺を心から困惑させた。

「角が取れた」ってみんな言ってる。っていうのはどういう意味だよ。

 そう、なんだかもやもやしたから。

 しかも、そのタイミングで。

『セレシン、そろそろ行くぞ?』

 俺は知らない、けどたぶん彼の隊のやつなんだろう。少尉の階級章をつけた男が、俺と通話中だっていうのに彼の肩にぐいと手をまわしてそう言った。声と、太い腕が俺の目にも入る。

『ああ、そろそろ行かないと』

「そいつ誰だよ」

 知らない男の影は、ジェイクのカメラの範囲からすぐに消えた。

 けど、俺の不機嫌な声はしっかり大陸も大西洋も超えて届く。

『? ああ、うちの隊の』

 彼は当たり前の顔で言いかけたけど、俺はべつにそいつの名前が知りたいわけじゃないから、遮るみたいにして言った。

「ジェイク、早く帰ってきて」

『? ああ、4週間後にな』

 わかってるはずだよな。そんな感じの軽い声で、彼はそう言って、それから「じゃあ」と手を上げて通話を切った。

 で、俺は、ベッドの中で深いため息をついたわけだ。

 もちろん、彼が集合時間に遅れるような真似をするはずがないし、同じ隊の連中とどれだけ遠慮ない、親しい付き合いをしているように見えようと、よそ見をする心配とかをしてるわけじゃない。

 んだけど。


 最近のハングマンは「ずいぶん角が取れた」ってみんな言ってるよ。


 コヨーテがそう言ったのは、「おまえと一緒になってから変な気負いがなくなったみたいで、まわりともうまく行っててよかった」って意味だ。彼がそう言ったから。だから俺は喜ぶべきだ。わかってる。

 わかってるんだけど。

 

 俺はこの年になってようやく、ただ「待つ」っていうのがだいぶしんどいことなんだと知ったんだ。




#myFFF「港町マルムスク」(マルセイユのはずれの小さな港町の話)

https://unsplash.com/ja/%E5%86%99%E7%9C%9F/7qPWv2b-9co

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