20230209「シャルドネ」1 #RH
- ろばすけ

- 2023年2月9日
- 読了時間: 4分
アンケート構ってくださってありがとうございました。
「いらっしゃい。早かったな」
ドアを開けて出迎えると、ブラッドリーがそこに立っていた。
予定してたことで、途中で何度も(珍しくまめに)テキストが送られてきていたから、驚きはない。はずだ。でもやっぱり、なんだかすごく不思議な気がしてしまう。
彼は今日初めて、俺の部屋に来たから。
「そりゃあもうすごい急いで来た」
彼はそう言ってちょっと照れたような顔でキスをよこした。真冬の乾いた空気の匂いがする。と思ったら。
「それでこれ。買ってきた」
「ありがとう.......」
差し出されたのは2つの紙袋だった。ひとつはデザートだろう。それは打ち合わせ通り。けどもうひとつは明らかにボトルが入っている紙袋だった。空港にあるリカーショップの。
「ワイン?」
ちらっと覗き込んでそう聞いたら、彼は笑って言った。
「そう。全然詳しくないから店の人にいろいろ聞いたんだけど、これがおまえっぽかったから」
おまえっぽかった?
ワインの話だよな? と思いながらも紙袋からボトルを取り出してみると、どうやらそれはラベルのデザインの話だと分かった。
濃紺の紙に描かれているのは、命綱をつけてふわりと浮いた宇宙飛行士のイラストだ。ナパバレーのシャルドネ。確かに美しいし珍しい、印象的なデザインだった。そして同時に、わかりやすい高級感も伝わってくる。
「ワイン好きだろ? どういうのがいいわからないって言ったら「贈る相手はどんな人ですか?」 って言うから」
へへ。そんな照れたような笑いが見えて、なんだか嫌な予感がした。
「しゅっとしててきりっと綺麗で、なんかいい匂いがする。でも甘くはなくて……的なことを言ったらさ」
? なんだその形容詞は? ワインの話じゃないのか?
俺の混乱はたぶんブラッドリーには伝わっていなかった。
「そしたら店の人が、「ではシャルドネなんかどうですか?」って言って出してきてくれたボトルの中で、一番きれいだったからこれにした」
おまえ、それは絶対に「ワインの選び方」じゃないぞ。
そう言い返したかったけど、結局飲み込んだ。彼があまりにも嬉しげな顔をしていたからだ。
「……ありがとう」
どう返していいか分からなくてとりあえずそう返したら、案の定なにか違ったか? って顔をしてが覗き込んでくる。
「気に入らなかった?」
「そうじゃない! でも。......今日のメニューはステーキなんだ」
ブラッドリーがうちに来るのは今日が初めてだ。基地に隣接した面白味もなにもない家だけど、俺が「夕食は用意する」って言ったら、彼は「じゃあデザート買ってく」って言った。
お互いに馬鹿みたいに楽しみにしてて、でも彼は「デザート買ってく」って言ったわけだからと、メニューは俺が勝手に決めた。彼が来るならまあ肉だろ、と思っていい肉を手に入れてあって。
けどまさかそこにシャルドネ。
「ステーキ! いいね。ジェイクが焼いてくれんのか」
ブラッドリーが肉が好きなのはよく知ってる。俺は凝った料理はしないけど、ステーキを焼くのは得意だ。
だからまあ迷わずというかそれが唯一の選択肢だったわけだが。
「いい肉買ってあるし付け合わせも用意してある。けど」
「けど?」
「……ステーキと芋にシャルドネは合わないだろ」
ちょっと迷ったけどそう言ったのに、ブラッドリーは何にも気にしてない顔で返してきたんだ。
「あ、そういうもん? でも別に今日飲まなくてもいいだろ」
なんでだよ? と俺は思った。
おまえは明日の夜にはもうここにいないだろ? と。
もちろん腐りはしない。次に来た時でいいじゃないかって言ってるのはまあ、わかったけど。
ブラッドリーが言う通りワインは好きだ。けど、ラベルで選ぶとかしたことないし、希少なドメインのワインがとかそういうのは全然知らない。
うちの家族はずっと何種類か定期的に箱買いしている銘柄があって、正直言って1本あたりの値段は全然たいしたことないものだと思う。だって日常的に飲んでたからだ。
一人暮らしするようになってからは一人で一本飲むってことはめったにないから、たまに姉が手配してくれた箱が届いても、BBQとかに呼ばれたときの手土産にするくらいだった。
それでも彼が「ワイン好きだろ?」って認識するくらいにはまあ飲んではいた。一方でブラッドリーはいつもだいたいビールだ。どっちにしても、「酔いたい」時にはショットグラスを並べる、というのは基地の連中のお決まりで。
「じゃあ、これは次の機会に開けることにしよう。今日はステーキと、うちの定番の赤だ」
「いいな、「次」があるのって」
ブラッドリーがそう言ったから、俺は頷いて返した。





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