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20230210「シャルドネ」2 #RH

  • 執筆者の写真: ろばすけ
    ろばすけ
  • 2023年2月10日
  • 読了時間: 5分

更新日:2023年2月11日




 初めて彼の部屋に行った日、なにごとにつけても完璧主義者の俺の恋人は特別な夕食を用意しておいてくれた。

 俺はべつにデリバリーのピザと缶ビールでも全然よかったんだけど、彼はステーキの焼き加減にもこだわりがあるタイプだ。俺が来るからってわざわざ専門店からいい肉を取り寄せてくれていて、それにセレシン家の定番だっていう赤ワインの組み合わせが準備されてた。

 ワインはあんまり飲まない俺でも飲みやすい感じで、ふたりとも腹いっぱいになってちょっと酔っぱらってすごくいい夜になった。もちろん、「楽しみにしてたこと」は他にあったから、酒はほどほどで切り上げた俺たちは寝室に移動したわけだけど。


 あの日に俺が「手土産」にしたワインに、それほど深い意味があったわけじゃない。

 ジェイクはワイン好きなんだろうと漠然と思っていたし、空港に着いた時にでかいリカーショップを見つけて、そうかカリフォルニアのワインを買うという手もあるんだなって思いついただけだったんだ。


「ワインをラベルのデザインで選ぶなんておかしな話だろ。しかもこれ、かなりいいやつだぞ?」  ジェイクはそう言ってちょっと呆れてたようだった。  まあな、そうかもしれない。でも見渡す限りの種類のワインがあって値段以外にどうやって選ぶんだ? ってなったときに目に飛び込んできたデザインなんだ。「なんかいいな、って思ったから」って理由で買ったっていいじゃないか。  もちろんそれで不味かったらがっかりだけど、店の人も太鼓判を押してたんだし。  でもその、宇宙飛行士のラベルのボトルを持っていった日には、ジェイクはそれをあけなかった。「ステーキと芋にシャルドネは合わない」って言われたら「へえ、そうなんだ?」って感じだったけど、「これは次の機会にしよう」って言われたのは単純に嬉しかったんだ。  だから俺は、翌日慌ただしく彼の家を後にするときに、また「次」の約束をした。  それは昔の俺たちが避けていたことだ。  もうずいぶん昔のことに思えるけど。 「じゃあ6週間後にな」  そう言って笑うジェイクをもう一度抱きしめてから、俺は彼の部屋を後にした。  で、今日はその6週間後だ。 『またパケ買いで違うワイン買ってきたりするなよ?』  そうくぎを刺されていた俺は、彼が好きなタルトの大きな箱だけを手土産に持ってきた。  でも一歩部屋の中に入って、俺は思わず足を止めた。  ジェイクは普段のカジュアルな部屋着の上にエプロンを着けていたし、なんだかいい匂いがしたから。これはどう考えてもステーキじゃない。 「何か作ってくれてたのか?」 「そうなんだ。今日こそあれを飲みたくて」  彼がちらりと視線をやった先にはワインクーラーがあった。近づいて確かめるまでもなく、あのボトルが入っているってわかる。 「この6週間でだいぶ練習したんだ」 「練習?」 「そう。まあ座れよ」  そのあと、出てきた料理に俺は本当に心から驚いた。  何かすると決めたら徹底的にやる。それがジェイク・セレシンだ。それは知ってたはずだ。  でもまさか、「料理なんてしない。肉を焼くのにちょっとこだわりがあるだけ」とか言ってた男がテーブルに並べた料理が、ものすごくいい匂いのするサーモンと、マカロニと細かく刻んだブロッコリーを何とかってチーズであえた、俺が知ってるのとはだいぶ違う高級版マカロニチーズみたいな一皿だ、なんて思わないだろ?  しかも、俺がこの間買ってきたワインをワインクーラーから取り出すと、彼は本当にちょっと高級な店のソムリエがやって見せるみたいに、小さなナイフで封を切って、それは見事な手際でコルクを抜いて見せ。 「どうぞ」  とくとくとく……。そんな独特の、聞くとわくわくするような音を立てて、前に来た時にはこの家にはなかった(と思う)ちょっと変わった形をしたワイングラスに注いで。 「なんかすげえな。店に来たみたい」 「どうかな」  ジェイクはあえて、ってかんじのすまし顔でそう言いながら自分のグラスにもワインを注いで、それから改めて俺と向き合って座って言った。 「食おうぜ。こいつを開けるのが楽しみだったんだ」  でもその晩、俺が一番驚いたのは、本当に店で出てくるみたいな料理のおいしさでも、ちょっと独特の、すごく複雑な香りがするワインのおいしさでもなかった。  俺が褒めちぎって飲み食いするのを笑いながら、彼が言ったことの中身の方に心から驚いたから。 「調べたら結構いいワインだってことがわかったから、これは適当にあけるわけにはいかないな、と思って。  それで調べたんだよ。ナパバレーのシャルドネに合う料理ってどんなのかな? って。  サーモン焼くくらいならできるか? と思って試してみたらだんだん楽しくなってきて、シャルドネの他のボトル買ってきてコヨーテ付き合わせて飲んでみたり」 「コヨーテまで巻き込んだのかよ?」  驚いてそう聞き返したら、彼は平然と頷いて見せた。 「なんなら、フェニックスがワイン詳しいっていうからおすすめも聞いた」 「は?」  俺は何も聞いてないぞ? って思ったのはやっぱりそのまま顔に出てたかもしれない。 「おまえには口止めしておいた」 「なんで?」 「その顔が見たかったから」  そう言って笑ったジェイクの顔はなんだか妙に幸せそうに見えて、俺はちょっと感動したんだけど。 「料理までできるなんて完璧すぎじゃないかな、セレシン中尉」  ちょっとからかうつもりで、でも半分は本気で、俺はそう言った。これ以上完璧をめざなくていいんだけどな、って思ったのもほんとうだから。  でも。 「できるに越したことはないだろ。自分の分なら別に手間をかける必要もないけど……」 「けど?」  はっと何か気づいたように言葉を切ったジェイクは、「わかんないのかよ?」って器用に顔に書いて見せて言った。 「こんなにうまそうに食うやつのために作るならそれも悪くないな、って今思ってるとこだよ」




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