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20230214「花瓶」#RH

  • 執筆者の写真: ろばすけ
    ろばすけ
  • 2023年2月14日
  • 読了時間: 6分

バレンタインデーに



 ことあるごとに花を贈るっていうのは、自分では記憶になくても、キャロルがよく話してくれてた親父の「素敵なところ」のひとつだった。

 だから俺は、やっぱり少し憧れていたのかもしれない。

 ステディな相手なんてずっといなかったからなおさら、贈る相手がいるってことが嬉しかったっていうのもある。

 ジェイクと暮らすようになってから、俺はちょっと長期の出張から戻ったときや、彼が海上勤務から戻ったときなんかに花を贈った。もちろん、何でもないときにも、目についたものを買ったりしたんだ。

 最初はちょっと照れたけど、慣れてしまうと仕事帰りに美味しいものを買って帰ったりするのと別に変わらないと思うようになった。気負う必要はなくて、でも文字通り「日常」に華を添えてくれる。いい買い物だ。


 でも、今日はバレンタインデーだ。

 しかもこの街で、ジェイクと暮らし初めてからは初めての。

 だから俺は少し前に、近所でも一番の花屋で顔見知りになりつつあったスタッフに「予約」してあった。

『結婚したばかりの相手に特別な花を贈りたいんだ』って。


 そのオーダーを伝えたとき、彼女は重大な秘密を告白するみたいに言った。

『ほんとうはいつもあなたが誰にうちの花をプレゼントしてるのか、すごく興味があったんですよ。

 気負わない感じで頻繁に花を買っていく男の人は珍しいし、でもプレゼントだっておっしゃるし、なにかの時に相手は男の人だって言ってたし……』

『俺が?』

 そんなにすごく親しい話をした記憶があったわけじゃなかったから、俺はちょっと驚いて問い返した。そしたら彼女は笑って言った。

『「きれいだけどそれは彼のイメージじゃないな」みたいなことを言ったことがあったので。そんなの覚えてる店員は気持ち悪いかもしれないけど……』

 言ってしまってから「失言だった」って顔をして見せた彼女に、俺は慌てて返した。

『別に、そんなことは思わない』

『ほんとに? よかった。すごく幸せそうな表情に見えたから、素敵だな、と思って覚えてたんです。だからこのオーダーはすごく嬉しい。

 いったいどんな方なんです?』

 彼女がほんとうに目を輝かせてそう聞き返してきたから、俺は彼のイメージについてどうにか言葉にしようとした。

 でもそんなの、もちろん難しいに決まってる。

 パイロットで、飛ぶ姿も着陸もすごくきれいで、早くて、厳しいけど正しい。そんな、花を選ぶのには全然関係ないようなことまで話して、それで俺はつい口を滑らせた。

『ああ、でもうちにはちゃんとした花瓶が一つしかなくてさ。だから』

 だからうちにある花瓶に合う感じの大きさにしてくれないかな。それか花瓶がなくても飾れるアレンジメントでも。

 そんな身もふたもないオーダーに、彼女は案の定ちょっと笑って見せて、それから言った。

『その辺はもう任せてもらっていいですか? ご予算には合わせるので』


 というわけで今日。

 仕事帰りに彼女の店に立ち寄ったら、店はいつになく忙しそうで、包んでもらうのを待っている客がたくさんいた。

 でも、俺の「オーダー」はもうできていた。

「すごいな! ありがとう」

 受け取った俺がほんとうに感動してそう言ったんだってことは、彼女にちゃんと伝わったと思う。はにかんだように笑って言ったから。

「気に入ったみたいでよかった。実はちょっと心配してたんで」

「そう?」

 心配ってことはないだろうと思いながら俺が問い返すと、彼女はもう忙しく次のブーケを作り始めながら言った。

「だってお得意様だし、やっぱり今日は特別な日だしね」


 彼女が用意してくれていたのは、きれいなグリーンのガラスの花瓶と、ちょうどぴったりにアレンジされた青い花といろんな種類の葉っぱが組み合わされたブーケだった。すっきりと綺麗で、甘すぎず、大げさすぎない。それに。

「花瓶も合わせて選んでくれたんだね?」

「かごでもいいんですけど、このサイズの花瓶ならちょうど使いやすいかと思って」

 花を買って帰っても、結局いつも適当な空きビンとかグラスに放り込んでた俺を見て、ジェイクは目を丸くしていた。

 でも彼女が選んでくれたのは俺がぼんやり考えてたのよりずっと素敵な組み合わせだったから、きっとジェイクも気に入るに違いない。そう思えた。

 俺は心から礼を言って、ジェイクがどんな顔をするかと思いながら帰ったわけだ。


 そしたら。


「おかえり」

 俺は大きな紙袋を背中に隠すみたいにして家に帰った。

 ジェイクはもう帰っていて、俺の顔を見て笑って見せて言った。

「あれ? 今日も花束抱えて帰ってくる、っていう予想は外れた?」

 そう言ってる顔は、「どうせその背中に隠してるのは花なんだろ?」って顔をしていた。

 彼はだいたい俺が考えてることなんかお見通しだから。

 もちろん俺も笑って返した。

「Happy Valentine!」と。

 そして。

「!」

 俺が紙袋から出した花瓶と花束を見て、彼は驚いた顔をした。

 予想通りだったはずなのに? と思って、俺はちょっと面食らいながらも言った。

「いつも「花瓶もないのに花ばっかり買ってきて」って言われるから、今日はセットで……」

「花瓶も買ったのか」

「そう。色も大きさもぴったりでいいだろ?」

 そう言ったら、どういうわけか彼はくすくす笑い出したんだ。

「まったく!」

 なんで笑う? と思って彼の視線の先を追いかけて、俺はようやく、テーブルの上に置いてある、美しくラッピングされた四角い箱に気づいたんだ。

「ん?」

「それは俺からのプレゼントだよ」

「ありがとう!」

「……水入れてくるから、開けてみて」

 ジェイクが花束と花瓶を受け取ってそう言ったから、俺は彼のプレゼントだという箱を手に取った。

 リボンをほどいて中を見ると。

「! これ」

「……俺たち気が合いすぎだな」

 ジェイクはおかしくてたまらないって顔でそう言って笑った。

 すぐそばにあるキッチンで、買ったばかりの花瓶に水を入れた彼は、ブーケを束ねていた紐をほどいて、水に入れた花たちのバランスを取りながら、俺が箱から取りだしたものを見た。

 入っていたのは、花瓶、だった。


「……きれいだな」

 3つ、大きさも色の濃さも少しずつ違うブルーが、まるで兄弟みたいな。

「3つ揃えておけば、おまえがどんな気まぐれで花を買ってきてもどれかは合うかな、と思ったんだけど」

 まさか花瓶とセットで買ってくるなんて。

 そう言って笑ったジェイクの顔を見て、俺は返した。

「今日は俺がきっと花を買ってくると思った?」

「ああ。まさか入れるものがないってことになるとは思わなかった」

 入れるものがないなんてことはないよ。

 俺はそう言うのは止めて、彼が買ってきた3つのうちの2つを手に取って、キッチンに向かった。

 水を入れて、たった今彼が、俺が買ってきた花瓶に活けたばかりの花を取りだして、一回り小さい花瓶と、ひょろりと細長くて少ししか入らない花瓶とに分けて放り込んでみる。

 入れるものがない、なんてことはこの家ではもう起きないんだな、って思うと、なんだか感慨深いものがあった。

 だから俺は言った。

「いきなり花瓶が4つに増えたなら、もっと頻繁に花を買っても大丈夫だな」

 その台詞は、ジェイクを笑わせた。

 彼のことだから、「花瓶のために花を買ってくる、なんてことになったら本末転倒だからな」って言って笑うかな、と一瞬思ったんだ。

 でも、彼が言ったのはそんなことじゃなかった。

「……そうだな。次は俺も花を買ってみる」

 俺は心から驚いてジェイクを見返したんだけど、彼はいつの間にか俺の目の前にいて、指先は花瓶に無造作に放り込まれた葉っぱの先っぽを撫でるようにしながらも笑って見せた。

 すごく優しい笑顔で。

 だから俺は返した。

「すごく楽しみだ」って。



Happy Valentine!


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