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20230218「手紙」「距離」2#RHドロライ

  • 執筆者の写真: ろばすけ
    ろばすけ
  • 2023年2月18日
  • 読了時間: 6分

(昨日の続きです) 




 帰ってみたら、リビングの一角に大きなコルクボードが用意されていた。

「珍しく用意周到だな」

 思わずそう言ったらブラッドリーは笑った。

「だってなんか嬉しくてさ。ほら、出せよ。持って帰ってきたんだろ?」


 半年余り離れて暮らした。

 その間にやり取りしたカードは、もちろんお互い大事に取ってあったから、「別居」が無事終わった今、何枚か選んで並べて飾ることにしたんだ。

 選ぶのは本当は難しくなかったけど、ちょっと照れくさくて考えるふりをしたら、ブラッドリーが聞いてきた。

「一番気に入ったのは?」

「んー、そうだな。これかな」

 俺が選んで見せたのは、大きなラブラドール・レトリバーの写真のカードだった。

「なんだよ、それは犬が可愛いからだろ?」

「それじゃダメなのか?」

 ふくれたふりをした彼に向って、俺も呆れたふりをして返した、けど、すぐに耐えられなくなって笑ってしまって。

「……もちろんこれだよ」

 7か月の間には俺の誕生日もあった。びっくりするくらい大きな花束が届いて、そこには美しいカードがついていたんだ。

 

 

 毎日、特別なことは何もなくても、

 ただ「家に帰る」ってだけのことが

「すごく楽しいこと」だったんだなって実感してるよ。

 それはもちろんその「家」が

「おまえと暮らしてる場所」だったから、なんだけど。

 毎日、あともう少し、って思うようにしてる。

 誕生日おめでとう。

 早く帰ってこい。



 ブラッドリーらしい飾らない言葉が、逆にものすごく響いて、俺はそれを見たとき正直、そのまま全部放り出して帰りたくなった。

 もちろんそういうわけにはいかないから、電話して顔を見ることにしたけど。こっちは夜中だったから、ちょっと迷惑かけたけど。


「う。そうか。これは改めて見るとちょっと照れる」

 自分で書いたメッセージを手にしたブラッドリーはそう言って笑った。

 だから俺はずっと思ってたことを言ってみることにした。

「今、改めて読んでくれよ」

「? 本気?」

 とたんにものすごい「無理!」って顔されたからちょっと笑った。

「面と向かっては言えないのか?」

 あえて挑発的にそう返して見せたけど、もちろん困らせるのが目的じゃない。

「……じゃあ、これはおまえが次になんかやらかした時の罰ゲームにする」

「これを読むのが?」

「そう。途中で笑ったりしないで、本気でな。

 おまえはきっとそう遠くない未来になんかやらかすだろ。楽しみだ」

 俺が真剣に言ってるってことはもちろん伝わっていて、ブラッドリーは顔をしかめて見せ、でもすぐにため息交じりに言った。

「……解ったよ。読んだら許してくれるならお安い御用だ。

 それで、おまえは? 「一番気に入ったのは?」って聞いてくれないの?」

 形勢逆転だろ? って顔をしたブラッドリーを見て、俺は答えに困った。

 困ったけど、この際言ってしまうことにしたんだ。


「「遠くから届いた手紙は特別って気がする」って言ってただろ? だからまあ、どれも「遠く」から送ったものではあるけど……」

 ブラッドリーははっきり驚いた顔をした。彼も自分がその台詞をいつ言ったか、ちゃんと覚えていたはずだから。


『遠くから届いた手紙は特別って気がする』

 ブラッドリーがそう言ったのは、彼が実家を片付けていた時、古い指輪を俺にくれたあと、同じ箱に一緒に入っていた手紙を見せてくれた時のことだ。

 それは亡くなった彼の母親からの手紙だった。

 届いたのは、彼が成人した日だったらしい。

 それまで預かっていたのはもちろんマーヴェリックだったけど、絶縁状態になっていた彼らは、直接会うことも話すこともなかった。ブラッドリーは当時勤務していた基地の宿舎で、受け取った小包を一人で開いたというわけだ。

 中に入っていたのは生前のキャロルが書いてマーヴェリックに託した何通かの手紙と、実家の権利書とか、そういう書類の類と、あの日彼が俺にくれた指輪も含めたいくつかの遺品だったそうだ。

『キャロルが死んだときから、俺はずっと「泣いたら負け」みたいな気がしててさ。

 でもその時はさすがに泣いた。なんかあの世から届いた手紙みたいな気がして』

 彼はそう言って、その手紙も見せてくれた。

 俺は古い匂いがする手紙を開くってだけのことに、本気で「こんなに緊張したことはない」って思った。



 ブラッドリーへ。

 君はまだ子供なのに、一人にしてごめんね。

 ものすごくいい男になるに違いないのに、「私の息子よ!」ってみんなに自慢できないのが残念でならないよ。

 私は君が立派な大人になっても、昔の癖が抜けなくていつまでも面倒を見たがって、迷惑がられるか呆れられるかするくらいまで、君の「母親」を続けていたかったんだけど。

 どうやらそれはかなわない望みみたいだね。

 君がどれだけ愛されて生まれてきて、どれだけ愛されて育ってきて、そしてニックも私もいなくなったように見えても、本当はそうじゃなくて、ちゃんと見守ってるってことを忘れないでいてほしいって思ってる。

 これを読むころには君は成人してるってことだよね。

だから「そんなこともちろんわかってるよ」って笑いながら、これを読んでくれてることを願ってる。

 心からの愛を込めて。

 キャロル



 いったいどんな思いでこれを書いたんだろう。そう思ったら、会ったこともない、少し前にカセットに残されていた声を聞いたことがあるだけの女性にものすごく会いたくなった。

 そして同時に、『遠くから届いた手紙は特別って気がする』って言ったブラッドリーの言葉の意味が沁みた。ずっと「泣いたら負け」だと思ってた彼が、その時どんな思いだったのかと思ったらたまらなくなった。

 俺が初めて会うよりもっとずっと前のことだけど、できるなら戻って抱きしめてやりたかったんだ。



「天国から届いた手紙には一生かなわないよな」

 そう言って笑ってみせたら、いきなり抱きしめられた。

 あの太い腕で、力いっぱい。

「! おい、おまえ加減ってものを……」

「ばかなこと言うなよほんとに」

 肩に押し付けられた顔が、なんだか熱く感じた。ため息とともにつぶやかれた言葉も、なんだか湿って聞こえたけど、気づかないふりをする。

 実際、「ばかなこと言ってる」っていう自覚はあるんだよ。俺も。実際ハガキに書いたのは、毎回本当に、たあいのない短い文章ばっかりだったんだし。キャロルの手紙とはそもそも比べられるようなものじゃない。


 だから俺は、彼の背中を撫でながら全然違うことを言ってみた。

「……なあ、小さいおまえがコルクボードの前に立ってる写真、あれもここに飾ろうぜ」って。

 冷蔵庫のドアとか壁にごちゃごちゃ古いものをぶら下げるなんて、ぜんぜん趣味じゃない。ずっとそう思ってたんだ。

 でも、「グース」があちこちから送ってきたっというハガキを貼り付けたボードの前で笑ってる幼いブラッドリーの写真を見たとき、なぜか突然、こういうのもいいな、って思った。なんていうか、「家」って感じがするから。

 ブラッドリーは頷いて言った。

「……いいよ。屋根裏にあるはずだから探すよ。でも」

 でも?

 なんだろうと思ってちょっとくぐもった答えを返してきた顔を見おろしてみたら、彼はやっと顔を上げて俺を見て言ったんだ。

「クリスマスはおまえの実家に行くだろ? おまえの小さいころの写真も、この家に欲しい」

 なんでそうなる? って呆れた声が出そうになったけど、すぐに気付いた。そうか、俺が言ったのと同じことか、って。

「いいよ。ばかみたいにあるから選ぶの大変かもだけどな」

 そう言ったら、彼はなんだか妙に嬉しそうな顔をしたんだ。








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